肩越しの雨音

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ウッチーは降りたフロアを進んでいくと あるショップの前で足を止める。 コートのポケットから スマートフォンを取り出し、 確認のような仕草を見せて 手前にいる店員へ声を掛ける。 店員はウッチーのスマホ画面を見ながら 何かやり取りをしつつ 少し大きなお辞儀をする。 ウッチーは軽い会釈をしながら 立ち寄った店を後にして、また歩き始めた。 こっそりひっそり、追う私。 いつものウッチーなら 私のおぼつかない、てちてちした尾行に 一瞬で気付きそうなものだけど レディースファッションフロアに 男一人で探し物をするという、 慣れなさとアウェー感が 彼の鋭敏な感覚を鈍らせているようだ。 ウッチーの横を通り過ぎる高校生たちが ねー、あの人イケメンじゃない? うわ、ヤッバ。カッコイイー なんて話している。 けれど、目的達成のために 本人はそれどころじゃないって感じ。 今夜の彼はなんだかちょっと 様子が違っている。 それから、フロアにある店を適当に見ては すぐに出てくるを繰り返し だんだんと足取りに重さが出てきた。 うーん………何か探してるみたいだけど うまく見つけられないらしい。 見かねた私は 次の店に入ったウッチーを追って 「よっ、色男。何探してるの?」 と、後ろから声を掛けた。 「ジ、ジュリちゃん!!なんで、ここに……っ」 おっ。珍しいなぁ、キョドってる。 ふひひひ、こんなところで見つかって 相当動揺しているな? 本気で驚く声を上げたウッチーの手には 女性もののストールが握られていた。 「やだな、もう。そんなに驚かなくても……なーに?誰かへのプレゼント??」 「…あー、いや、これはなんて言うか……ね?」 ストールは濃いブルー系だ。 お相手はカッコイイ女性かな? 「うーん。あのね……ソレ。糸が粗いから肌の弱い人は痒くなっちゃうよ。それに色が難しいから、人によっちゃ顔映りが悪いかも」 私の意見に、ウッチーは溜息をついて 「…ああもう…!女の持ち物ってこれだから」 ストールを棚に戻してしばらく考えると 眉間にしわを寄せつつ こちらを向き直り、言った。 「ミセス斉賀。秘密は守れるか」 「うんっ。ロイヤルミルクティーを飲めばお口のチャックが閉まり、おみやげで紅茶シフォンケーキを持たせてくれたら、鍵付きになりましゅよ」 「………くそ、サイボーグの躾がいいな。仕方ない、手を打とう。アップルパイもつけてやる」 ふぅーっと息を付いて私を見ると 情報を漏洩させ始めた。 「プレゼントっつーか。ある女性の持ち物であるストールを俺の不注意で再起不能にしちゃって。その代替品を探してる。お詫びの意味も込めたもので」 「ふうん。ウッチーにしちゃ珍しい失敗してるね。相手はどんな女性なの?歳上、歳下?キレイ系、可愛い系?二人はどんな関係なの?」 データベース作りにかかる私の質問に ウッチーは急に言葉の歯切れを悪くする。 まるで冬の水道管が凍らないように お水をちょっとずつポタポタと 垂れ流しするような、地味な漏洩っぷりだ。 「どんな女か…ね。えーっと、ジュリちゃんより歳下、キレイか可愛いかって言ったら……どーかな。『可愛い』か?俺的には。ああでも、鼻っ柱の強い女だね…筋が通ったことを言うし…弱くはないというか…」 私はその顔をじっと見つめる。 下唇をクッと噛む、綺麗な顔。 ウッチーの隠し事を持っている時の癖。 彼は私をじっと見つめ返す。 私はカマをかけた。 「………ミントブルーとか淡い感じが似合うと思うよ。小嶋さんは」 「!!……ちょ、……なっ!ジュリちゃんなんか聞いたの!?アイツからっ!!」 ふひひひ、やった。ビンゴだ。 ニヤリと笑う私の表情を見て しまった、かけられた!と 屈辱を味わうウッチー。 うるさいやり取りを聞きつけた若い店員がやってきて 「こちらの彼女さんへのプレゼントですかぁー?」 と呑気に言ったが 「「彼女じゃありません。」」 二人が声を揃えて口にした事が まるでコントのようだった。
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