肩越しの雨音

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今いるショップを出て、私は少し考える。 私がアリサちゃんの年頃 ……20代後半、30代を目前に控えた時 どんなことを考えてたっけな、と。 大人の女になりたい。 自分の意思をしっかりもって 意見が言えて、人の話を聞けて。 やわらかで、たおやかで、しなやかで。 そうだ、思い出した。 私、心地良いオーラを持った女性に憧れて 願掛けのような気持ちで 初めて『あれ』を買ったんだ。 私はウッチーを連れて階を移動する。 そして、ブランド『LANVIN(ランバン)』へ案内した。 私が初めて、自分で買ったカシミヤは LANVINのストールだ。 気持ちの余裕を持つために。 上質なものを自分のために。 なりたい自分を偽らない。 そう思った気持ちは今でも覚えている。 ウッチーはクラス感のある店内へ 臆することなく進み、ゆるりと見回した。 その後ろから付いて入った私は、彼を見て驚いた。 さっきまで回っていたお店よりも LANVINでのウッチーは空間にフィットしている。 浮かない存在感、この人が持つ自信と余裕。 それは若い頃の私が憧れた、真のエレガンス。 …やっぱり、大人の男だ。 そう思いながら アリサちゃんの抱いている ウッチーへの尊敬や憧れを想像すると 私は彼女のことが とても可愛らしく、いじらしく思えた。 店内を囲むのは、贅沢で緻密な装飾のガラス棚。 そこに陳列される商品から ウッチーは、アイスブルーのストールに目を止めた。 触れるとそれはとても軽く 淡雪のようにやわらかな手触りをしている。 広げるとアイスブルーからホワイトへの まるで夜明けの空のような 美しいグラデーションを描いている。 「これ……これがいいな」 そう言って、嬉しそうに微笑んだ。 店員はこちらのラベンダーも大変人気で 女性らしいお色なんですよ、とアドバイスをするが ウッチーはそれに対して、ニコリと微笑む。 「この子なら絶対にラベンダーなんだけど、今回のレディは他の子なので。ね、ジュリちゃんはダーリンにおねだりしなさい」 私を見てそう言うと、 ファーストインプレッションだった アイスブルーを贈り物に包んでもらった。 決済とラッピングの間、 別の店員さんが私たちの関係について 「ご兄妹でいらっしゃいますか?」 と訊ねたことに対して、 ウッチーが 「そうなんです。似てるでしょ?」 と答えたことに 私はひっそりと笑ってしまった。 ──── 買い物が終わった後 ウッチーと私は駅ビルを出て 家へ向かう方向の通りへと歩いた。 私の手には、紙袋が二つ。 母からもらった黒豆と栗きんとん。 明日の朝ごはんのパンと トマトと卵…コウのお使い品 それと、ウッチーが買ってくれた 焼きたてアップルパイが入っている。 ウッチーはLANVINの紙袋を持ちながら 「ジュリちゃんに会って正解だったなー」 と、満足そうに言った。 私は歩きながら 小嶋さんから何も聞いていないこと 今夜のコウは沖島さんと約束があるので 出掛けていて、帰りが遅いことを話した。 「じゃー、飯食いながらちょっと飲もっか。」 歩きながらウッチーは 最近出来た店があるんだよね。 俺が昔、バイトしてた店に似てるんだと言って 案内をしてくれた。
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