肩越しの雨音

1/8
713人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

肩越しの雨音

年の瀬迫る、夕方。 母からの 『おせち用に煮立てた黒豆と、栗きんとんがあるわよ』 という連絡に気を良くした私は 窓拭きとお風呂掃除をコウにお願いして 百貨店で購入した 特製すき焼き弁当三人前を手土産に 実家へと出向いた、その帰りだった。 住まいの最寄り駅へと着き 改札から直通する駅ビルに入って 正月用品の買い足しと コウに頼まれた用事を済ますべく エスカレーターに乗った。 頼まれ事は……文具売り場。 万年筆のインクカートリッジを買うことだ。 年賀状の一筆書きで在庫のインクを 使い切ってしまったらしい。 メーカーも品番も きちんとメモをしてくれたので 探し回る苦労はなかった。 無事、用事を済ませて 次は地下へ向かおうとする私の少し前に 見慣れた背中を見つけた。 …ウッチーだ。 彼もまた、無事に年末を迎えているようだった。 アウターのコートは仕事の装いと違い、 靴もビジネスシューズではない。 ベージュのチェスターコートと 紺のニット、細身のパンツ、革ブーツ。 どうやらお出掛け中のようだ。 何となく声を掛けないまま私は 彼と適度な距離を保ちつつ 同じレーンのエスカレーターで階下へ向かう。 見下ろす私に気付かないウッチーは 次のフロアでエスカレーターを離れた。 あれ?……ここって レディースファッションのフロアだよね。 何だろ、誰かに何か買うのかな。 私は興味が湧いちゃって こっそり、ひっそり ……同じフロアで降りた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!