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三
奥の席で弱く暗い日差しを背で受けるように相葉倒理はいた。
「すいません。忙しい時に」
そう言って軽く頭を下げたので平原は気にするなと手を振る。
「それで何を聞きたいのかな?」
「ええ」
そう言って相葉倒理は水を口に含んだ。それを見て平原は先程から急いで来たのでひどく喉が渇いていることに気づいた。
「先生」
平原は紙コップを一気に持ち上げ全て飲みきる。
それを見て、相葉倒理が笑みを浮かべたーーーー。ように見えた。
「トイレの花子さんって知ってますか?」
笑みが消える。消えたのは平原の笑みだった。
「夜中、学校の女子トイレのドアをノックして花子さん。と呼ぶとトイレの中から女の子が現れてトイレの中に引きずり込むーーーー」
「なんの話だい」
言葉を遮るように平原は言った。眼鏡をかけ直す。
「いや、関係のない話ですよ。だけど僕はこんなーーーー世迷言のような噂話が大好きなんです」
嘲笑ふざけるな。
そんなものーーーー。
やめてください。私はお腹の中に子供がーーーー。
ああ、疼く。
「め、迷信じゃないか?そんなものは」
手が震える。何故。一体なぜ。
相葉倒理は静かに首を振った。
「古今東西、人が思い、考え、情を持つ限り妖という存在は消えないのです」
しゃん、とどこかで鈴が鳴った。
黄昏が深い。窓の外は暗くなっている。仄暗い、
平原は急な吐き気に襲われた。平原の掻きむしった頭から冷や汗が噴き出す。
椅子を蹴り出し進路相談室の扉を勢いよく開けた。
そんなはずはないーーーー。どうして、どうして、知っているんだ、
生ぬるい、血の、生き絶えた、肉塊の、感覚。
暗い廊下を駆ける。いつのまにか外は曇っている。暗い雨がしと、しと、しとーーーー。
平原は三階の女子トイレの前にたどり着いた。
ここだ、ここが、私の、私だけの至福の場所、
さぁ、さぁ、ギィ、バタン、ギィ、バタン、コン、コン、コン
花子さん出ておいで。
花子さんいるんだろう。
いるのはわかってるんだ。
出て、おいで。
出てこい。出てこい。
「出てこいっつってんだろォ!」
平原は女子トイレの一番奥三番目の個室を何度も叩いた。
叩いて、叩いて、拳が赤くなる。
ざぁ、ざぁ、ギィ、
やめてください。赤ちゃんが、赤ちゃんが、
「俺がお前を殺したんだ!赤子も、その血も、肉も、愛も、想いも、全て、全て、俺のもんなんだよ!」
前田花子。
愛している。
平原は叫んだ。そして叫びながら何度も何度も扉を叩いた。
拳が血に滲むと顔を打ち据えた。
「はーい」
ギィ、と思い音がして扉が開ける。
前のめりに倒れた平原は膝から落ちて個室の中に入った。
前田花子の血の匂い。前田花子の赤子の匂い。
ああ、ああ、全て全て。
前田花子は今目の前にいた。
顔は白く、頰は痩せ、目がそれぞれ人外の方向へと動き、片目がじっと平原を見ていた。
こんなの嘘だ。前田花子は死んだはずだ。
死んでいなければ私は今まで一体何をーーーー。何をーーーー。
ざぁ、ざぁ、ギィ、バタン、ギィ、ギィ、バタンーーーー。
雨が強く、振ってきた。
バタン、バタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタンバタン。
「あああああああああ!」
平原は吠えながらトイレを飛び出し窓から外へ飛び出した。
雨が強く窓からトイレへと打ち付けていく。
そして地に堕ちた平原の側頭部から流れる血が下水溝の中へと消えていく。
しゃん、しゃん、雨の校庭にどこからか鈴の音が響いた。
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