序章 厄災

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序章 厄災

 何故だ。わしは生まれて、育ってきただけだぞ。 「この子はやがて我々に厄災をもたらす。ここで殺しておかねば、里の皆が危ない」  子供心ながら、その言葉の意味が本能的に理解出来たのは、幸運だったか不運だったか未だにわからないままだ。  思えば、わしはいつも疎まれていた。里の子供たちからは石をしょっちゅうぶつけられ、コブが絶えず頭に座していた。  齢五歳にして、死ねと言われたのだ。何故だ。わしが何かしたのか? 何もしておらんだろう。里の皆から石をぶつけられても、仕返しをしたこともない。  わしは疑問が絶えず頭の中からこんこんと溢れ出た。泉ならば洪水が起こりそうなほどに。  明日、自分の首が飛ぶことを密かに知った彼は、力なく家路についた。顔が上がらない。顔が地面に引っ張られているように、うつむいていた。家に着くと、母が鬼気迫る顔をして家の戸を勢いよく開け、幼いわが子の顔を見ると抱きついた。 「あぁ、どうしてこんな……」  母の全身から溢れ出る、何か得体の知れない大きな力に、訳も分からず涙が出た。 「逃げなさい。あなたは死ぬべき子なんかじゃない。ここに居ては危ない。生きるために、過酷でしょうが人の世界に行くのです」  彼は一瞬驚いたような顔をして、母に抱きついた。離れたく、なかった。大好きな、自分を唯一愛してくれる両親から、離れたくなかったのだ。 「やだ……。とっちゃんとかっちゃんから、離れたくない」  母は小さいわが子のその健気な姿に涙が滝のように流れた。しかし……。 「逃げて! あなたはとっちゃんとかっちゃんの大切な宝なんだから。元気に生きてちょうだい」  彼は母の覚悟を決めた、強さと優しさ溢れるその目に、頷かざるをえなかった。母はそれを見て安心したように、少し寂しそうに笑った。戸を勢いよく開く音が再びした。父である。父はわが子を見て微笑んだ。 「いい子だ……。お前にお守りとして、これを渡しておく」  父は背中に担いでいた一振りの刀を、五つのわが子に渡した。子供の力では重いのか少しよろけたものの、何とか背中に差し込んだ。刀は当然ながら当時の彼よりも大きかった。 「その刀の銘は『断魔』。鬼をも殺せるこの刀を、抜く時が来ないことを、祈っているよ」  母はもう一度わが子を抱くと、目を見て言った。 「行きなさい。振り返ってはだめよ」  彼は頷いた。両親とはこれでお別れだ。 「わしは、絶対また帰ってくる。とっちゃんとかっちゃんに会いに、帰ってくるから」  すると、いきなり戸が激しく鳴った。 「もう来たか。さあ、行け!」  彼は家の抜け道から小さい体で這い出て、走った。家の方から怒号が起こり、悲鳴が聞こえた。 「とっちゃん、かっちゃん……」  彼は溢れてくる涙をぬぐい去ると、開けてはならぬとされる三丈(約九メートル)ほどの高さの門を登り越え、走った。その先は未知の領域であった。道を進むにつれどんどんと景色は無くなっていき、ついには道すら黒くなり、上も下も分からなくなったが、恐怖は感じなかった。幼子の特徴であろうか……。なんにせよ、この時から彼は恐れ知らずであったことは間違いない。  視界が揺れた。体が感じたことのない不思議な、そして気味の悪い感覚が全身の神経で感じ取られたが、不安は感じたが彼は落ち着いていた。 「とっちゃん、かっちゃん……。ちくしょう、ちくしょう」  彼はそう呟くと、気を失った。
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