41人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章 鬼の子
一人の少年が、山道を歩いていた。それと共に、何かが歩いていた。
「またか」
少年は刀の鯉口をゆっくり切ると、走り出した。何かも、また走り出した。
(やはりわしを狙っていたか)
少年は急停止し、刀を振り向きざまに薙いだ。手応えを感じ、赤い血を振り払うと、鞘に納めた。狐だった。しかし、青い体毛を持った姿で、どう言い繕っても普通の狐とは言えなかった。
(全くいやになる)
少年は一瞬顔をしかめると、また歩き出した。旅を始めてまだ七日ほどだと言うのに、これで五回目だ。物の怪の類だろう、常に自分を狙っている。
と、後ろからまた足音が聞こえる。音のなり方で、二足歩行だということがわかる。
「ねえ、ちょっと君、今何倒したの」
二十代前半ほどの若い童顔の女だった。笠をかぶり、荷物を入れているのであろう風呂敷を背負っていた。見るからに旅の者だろうが、この時代、旅は非常に過酷であり、旅の途中で命を落とすことなど珍しくもなかった。ましてや、女など、旅をすることは基本的に出来なかった。
「何って……わからない」
前述の通り、狐とは言えまい。女は足元に転がっている狐のような物の怪を見て、小さく悲鳴を上げた。たちまち死体は灰のように崩れ、消滅した。
「うわ、本当に何だろうねこれ。物の怪かしら」
「おそらく」
少年は面倒な者に絡まれたと踵を返し、去ろうとした。が、阻止された。
「まあまあ、ちょっと待ってよ。あなた、旅の人? 良かったら、一緒に行かない? 一人で歩いていると暇で暇で」
少年は心中で怪しく思いながらも、それを承諾した。襲いかかって来るようなら、斬り捨てればいい。
「私の名前は 菫。漢字ですみれ、ね。あなたは?」
少年は一つ咳をすると、口を開いた。
「無辜丸」
「むこ……丸? 変わった名前ね」
菫は少し驚いたが、話を続けた。
「旅の目的は? どこか行きたいところとかあるの?」
無辜丸は無愛想に呟く。
「ない」
「じゃあ、あてもなく?」
「違う」
菫はだんだんと腹が立ってきた。が、ひとつ深呼吸をすると、崩れかけた笑顔をまた立て直した。
「じゃあ、別にいいよね」
菫はそう言うと、その場から跳び、木の上に降り立った。それを見た直後、忍装束を着た者たちが無辜丸を囲んだ。
「悪いな。その刀、貰っておく」
忍びたちが抜刀し無辜丸にそう命じた。
最初のコメントを投稿しよう!