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「菫、戻ったか」
「はっ」
菫は当主に頭を下げた。
「やはり使えなかったか。だから言ったであろう? 生まれた時に殺しておけと」
「はっ……」
菫は涙を堪えたが、我慢できず地面に滴り落ちた。
「お主、まさか泣いておるのか」
笑い声が起こる。まだ子供なのか、と。
「あの子たちは、よく頑張りました。障害を持ちながら、何とかいっぱしの忍びに近づきました。そこを評価していただきたく存じます」
「お主は良くやった。評価してやろう」
「いえ、あの子たちをです」
当主らはキョトンとすると、大きな笑い声が起こった。
「面白い、面白い冗談じゃ。はっはっは、よう笑わせてくれた。褒めて遣わす」
菫はギロリと当主を睨んだ。その目はまさしく猛り狂った狼であり、その場の空気を張り詰めさせた。
「ほう……? お主、情けをもったか?」
「加地洋匡、御免!」
菫は刀を抜き放つと当主に斬りかかった。が、自らを囲んでいた下人たちが放った吹き矢を数十発受け、倒れ込んだ。通常、吹き矢には毒が塗られている。一発受ければ体の自由を奪われ、二、三発受ければ致死量になるほど強力な毒だ。下人は幼い頃から微量の毒を口にし、体にその耐性をつけるため二、三発受けてもなんともないが、流石の菫でも数十発くらえば動けない。菫は頭を地面につけながら、上目遣いで当主を睨んだ。その姿が滑稽なのか、女が自由を奪われ睨んでくることが趣味だったのかは定かではないが、非常に不快だった。
「おい、裏切り者だ。殺しておけ」
「少し、楽しんでからでも?」
「構わん」
菫は歯を食いしばり、体を動かそうとした。しかし、毒の回りが早かったのか、全身がピクリとも動かなかった。
「うう……う、う」
「いいねえ、たまんねえな」
男たちの手が菫に触れそうになったその時だった。いつの間にか十代半ばの少年が男たちを見下ろしていたのだ。気配が全くなく、いきなり現れたように感じた。
「何をしている」
「なんだお前は? どうだ、お前もやっていくか?」
無辜丸は即座にキッパリと言い放った。
「断る」
「そうか。なら出ていきな。上忍に見つかったらえらいことになるぞ」
「断る。その女は持っていく。どうせ殺すのであろう? どけ」
無辜丸は手を払った。
「まあまあ、独り占めは良くねえな。じゃあまあ、一緒にやっていくか」
菫の装束を剥がそうとした男を、無辜丸は蹴り飛ばした。男たちは当然驚いた。
「なにしやがんだ」
「こっちの台詞だよ」
「野郎」
下人たちは携帯していた苦無を取り出すと、無辜丸に襲いかかった。無辜丸は刀を抜き放つと、峰で男たちの頸を強打し、倒した。無辜丸は納刀すると菫を肩に抱え上げ、そのまま山を下って行った。
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