第一章 鬼の子

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第一章 鬼の子

 一人の少年が、山道を歩いていた。それと共に、何かが歩いていた。 「またか」  少年は刀の鯉口をゆっくり切ると、走り出した。何かも、また走り出した。 (やはりわしを狙っていたか)  少年は急停止し、刀を振り向きざまに薙いだ。手応えを感じ、赤い血を振り払うと、鞘に納めた。狐だった。しかし、青い体毛を持った姿で、どう言い繕っても普通の狐とは言えなかった。 (全くいやになる)  少年は一瞬顔をしかめると、また歩き出した。旅を始めてまだ七日ほどだと言うのに、これで五回目だ。物の怪の類だろう、常に自分を狙っている。  と、後ろからまた足音が聞こえる。音のなり方で、二足歩行だということがわかる。 「ねえ、ちょっと君、今何倒したの」  二十代前半ほどの若い童顔の女だった。笠をかぶり、荷物を入れているのであろう風呂敷を背負っていた。見るからに旅の者だろうが、この時代、旅は非常に過酷であり、旅の途中で命を落とすことなど珍しくもなかった。ましてや、女など、旅をすることは基本的に出来なかった。 「何って……わからない」  前述の通り、狐とは言えまい。女は足元に転がっている狐のような物の怪を見て、小さく悲鳴を上げた。たちまち死体は灰のように崩れ、消滅した。 「うわ、本当に何だろうねこれ。物の怪かしら」 「おそらく」   少年は面倒な者に絡まれたと踵を返し、去ろうとした。が、阻止された。 「まあまあ、ちょっと待ってよ。あなた、旅の人? 良かったら、一緒に行かない? 一人で歩いていると暇で暇で」  少年は心中で怪しく思いながらも、それを承諾した。襲いかかって来るようなら、斬り捨てればいい。 「私の名前は (すみれ)。漢字ですみれ、ね。あなたは?」  少年は一つ咳をすると、口を開いた。 「無辜丸(むこまる)」 「むこ……丸? 変わった名前ね」  菫は少し驚いたが、話を続けた。 「旅の目的は? どこか行きたいところとかあるの?」  無辜丸は無愛想に呟く。 「ない」 「じゃあ、あてもなく?」 「違う」  菫はだんだんと腹が立ってきた。が、ひとつ深呼吸をすると、崩れかけた笑顔をまた立て直した。 「じゃあ、別にいいよね」  菫はそう言うと、その場から跳び、木の上に降り立った。それを見た直後、忍装束を着た者たちが無辜丸を囲んだ。 「悪いな。その刀、貰っておく」  忍びたちが抜刀し無辜丸にそう命じた。
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