セフレの立ち位置

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セフレの立ち位置

 脇に置いてあったスマートフォンが控えめな唸り声を上げたのは、社食でランチを食べていたときだった。短いバイブレーションを二回。メッセージアプリの着信だ。ちらりと内容だけ確認すると、画面の吹き出しに短いひと言が表示されている。 『今夜いかがでしょうか』  飲み友達を誘うわけじゃないんだから。  思わず胸の内でつっこんだ。甘いムードを作ってほしいとまでは言わないが、女性を誘うならもっとほかにないのか。  スマートフォンを手放して食事を再開すると、向かいに座っている梨花がじっとこちらを見ていた。すがめられた瞳は、物的証拠から推理を推し進めようとする探偵のようである。 「楓先輩。もしかして、彼氏できましたか?」 「――げほっ、こほ……っ」  予想外の質問に思わずせき込み、慌てて水を飲んだ。 「大丈夫ですか?」  差し出された紙ナプキンで口の周りをぬぐう。息を整えてから努めて冷静な声を出した。 「……どうして? いきなりすぎない?」 「だって、スマホを見たときの先輩の顔。すごく楽しそうでしたよ。恋人からかなって思うじゃないですか」 「いやあ……」  むしろ、和之の端的すぎるメッセージに呆れた顔をしていただろう。 「気のせいだと思うわ。今の、全然普通の連絡だったし」  飲み会のお誘いに見えてしまうほどにね――とは、心の中だけで付け足した。余裕の態度で上手くかわせたと思ったのだが、納得しかねた様子の梨花は可愛らしく唇を尖らせた。 「ええー。そんなことないですよ。口と目元が明らかに微笑んでましたもん! 彼氏じゃないなら好きな人とか!」 「そういわれても……ホントにそういった関係じゃないし」  否定しつつ、微笑んでいたという言葉にわずかに動揺する。そんな胸躍る関係ではないはずなのに。  彼との関係を端的に述べるなら、セフレということになるのだろう。二度に渡る情交を経て、二人は定期的に逢瀬を重ねるようになっていた。デートなんて恋人のようなやりとりなど当然なく、ホテルで会うだけのドライな付き合いだ。一緒に食事すらしたことがない。梨花が期待するような楽しい恋愛にはほど遠かった。実際のところを話したら、すぐにでもやめたほうがいいと言われるだろう。なおも疑り深い目を向けてくる彼女には苦笑で答えるほかない。  楓だって、あんな危険な男を相手になにをしているのだと我に帰ることは頻繁だ。けれど、関わりを断ち切ろうとはどうしても思えなかった。あの腕の中にいる間だけは、自分を取り繕うことから解放されて安らぐことができる。孤独も不安も忘れて。
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