彼の誠実

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彼の誠実

 週明けの仕事は散々だった。  ただでさえオフィスでは和之が隣にいて息が詰まるというのに、週末には見合いが控えている。差し迫った状況をふとした拍子に思い出してはどうしようと焦燥に駆られ、たびたび気を散らしてしまう。おかげでミスをいくつもしてしまい、普段以上に念入りな見直しをするはめになっている。  見合いが翌日に迫った金曜日、午前中にここまでと決めた作業がようやく上がったのは、すでに昼休みが終わりかけていたときだった。さすがにこの状態で休憩を挟まず仕事を続行するのはまずい。集中力がさらに散漫になってミスを連発するに決まっている。  楓は課長席にいる藤崎をちらりと見やると、いたしかたないと立ち上がった。 「藤崎さん」 「ん?」 「すみません、午前中の作業が押したので、これから一時間お昼休みをいただきたいのですがよろしいでしょうか」 「ああ、もちろんいいよ。真面目だな」  昼休みの時間が決められているとはいえ、業務に影響がなければ勝手に時間をずらしてしまう社員も多い中、こうして申告してくる姿勢が律義に見えたのだろう。だが、自分の仕事が捗らなかったせいで決められた時間をずらすということに楓はどうにも居心地の悪さを感じる。それなら、率直に上司に申し出たほうが気が楽だ。相手が気まずい空気のただ中にある元カレであったとしても。 「一応、言っておいたほうがいいでしょうから。では行ってきますね」  完全に事務的な態度で軽く頭を下げ、楓は踵を返した。  時短のために昼食は社食でなくコンビニで調達し、休憩室で食べることにする。楓が休憩室にやってきたときには、休み時間の残りをおしゃべりしながら過ごす社員がちらほらいたが、サンドイッチとサラダをなんとか胃に詰め込んだ頃には完全に人気がなくなっていた。昼休みが終わってすぐに休憩しにくるような人間もそうはいない。  自動販売機でコーヒーを購入した楓は、周りを見回して一人になったことに気が付き、ふっと小さく息をついた。  父に押し通された見合いはとうとう明日だ。  断ってもらおうと何度も思ったが、自分に父を説得できるとは到底思えず、そのまま唯々諾々と準備だけを進めている。そもそも、和之と別れてしまった今では本当に断る必要があるのか自分自身でさえよく分からない。決まった相手がいるわけでもないなら受けてもなんの問題もないはずだ。そう思うのに、ただひたすら嫌だという感情だけが思い乱れる胸のうちではっきりと見えていた。
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