いくら私が望んでも

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『おい、ブレーキ遅いぞ』 『ヘッドライト付けとけってば』 『バック駐車下手くそかよ、横揺れし過ぎ』 「あ~もうっ、気が散る!」 口煩い彼に散々指摘されまくって、漸く目的地へ到着する。 少し乱暴にサイドブレーキを引くと、 私は声の主をキッと睨み付けた。 「……そんなに私の事が心配なら、 あんたが直接守ってくれればいいでしょ」 『……無茶言うなよ』 「嫌い―――あんたなんか」 『おま、』 ガチャ エンジンを停止すると同時に、その声も途切れた。 自分以外誰もいない車内。 端から見たら、私は独り言のレベルを越えた大声で喋りながら運転する、不思議な人だろうか。 「今すぐ目の前に出てきて、私の事守ってよ……」 ハンドルに項垂れて呟いても、返事はない。 あんたなんか、嫌い。 だって、いくら私が望んでも、 もう姿を見せてはくれないんでしょう? 「おまたせ」 「行こっか」 友人を車に乗せて、私は再びエンジンを始動する。 ピッ『GPSを測位しました』 車内に機械音がして、それに気づいた友人が斜め上を指差した。 「あれ、ドライブレコーダーなんてつけたんだ?」 「あーうん、結構前だけどね。アイツが付けとけってしつこかったから」 「あぁ……心配性だったもんね、昔からあんたに対してだけは」 「……うん」 『この後も雨の予報です。安全運転を心掛けましょう』 先程とはうってかわって無機質な声。 なによ……すましちゃって。 ―――1年前、交通事故で逝った過保護な幼馴染みは、 フロントガラスの小さな四角い箱の中。 私にしか聞こえない、声だけの幽霊―――
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