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「ネタ元は、マスコミも秘匿しますから」  探りにくいですねと香田は言った。  マスコミは時には驚くようなところから情報を得てくるらしく、それはまさに情報を扱うことを生業としているプロの技とのこと。  そしてその情報元を守るのはマスコミの義務なので、理解はできる。  とはいえ、こちらからすると、蛇口の栓が緩んでいる状態なので、その後の情報もダダ漏れかもしれないと懸念がある。あとで江上に探らせようと考えた。  そうなると、最後まで信頼できるのはこの親友だった。 「お疲れ」  そう言って労ってくれたのは兄の颯真。潤もなるべく疲れを振り切って、お疲れ様と言って颯真の車の助手席に乗り込んだ。  社長室での打ち合わせを終えて颯真に連絡を取ったのは午後七時近く。  颯真は少しこの辺りで待っていてくれたらしい。潤が連絡すると、品川駅の港南口まで迎えにきてくれた。   「疲れただろ」  助手席に身を預けると、颯真が潤をやさしくハグをして労った。  大丈夫、ありがとう、と返事をするが、ぐったりしているのは否めない。疲労を察した颯真は、早々に帰ろうと、車を発進させた。 「片桐さんはどうだった?」  潤は問いかける。颯真はどこで片桐と会っていたのだろう。  すると、颯真は千代田区麹町にあるメトロポリタンテレビ本社の地下駐車場で会っていたという。 「え、そんなところで?」 「そう。この車の中で」  助手席に片桐を招き入れて話をしたとのこと。  片桐がちょうど出社していたので、颯真が会社を訪ねる形になったという。 「だけど、社内は人が多かったようで。ヒソヒソ話をしたからこのくらいがちょうど良かったよ。……彼からは、お前と同じ話を聞いたよ」  颯真の言葉に潤は吐息を漏らした。 「やっぱり……」 「週刊東都で記者をしている知り合いに連絡を取ったら、そんな話が出てきたらしい。外部に漏らせる段階ということは、次号に掲載されると思っていいと」 「………」 「うちの広報担当者に届いたメールには『連休明けに記事化』とあったから、その通りなんだろうね……」  その辺りを疑ってはなかったけど、やはり連休明けに出るのだと思うと緊張する。自分たちのことが批判的に書かれているであろうことは想像がつくが、どのような記事になっているのか、わからないからなおさら。 「で、片桐さんには僕たちのことを話したんだよね?」  颯真は前方を向いて運転しながら頷く。 「ああ」 「どんな反応だったの?」 「少し信じがたい顔をしていたよ、正直」  颯真が淡々と答える。 「少し時間が欲しいと言っていた」  颯真が見たところ、やはり咀嚼するのに時間がかかるようだ。そっか、と潤は頷いた。香田が同じような反応を見せていたから、想像がついた。  アルファとオメガ、特に番がいる人は、本能で惹かれ合うということを経験していることが少なくない。血縁であることはともかく、その感覚を重ねることができるのだろう。  対してベータにはそのような感覚の理解を求めるのは酷かもしれないし、咀嚼に時間がかかるのだろう。となると、副社長の飯田の思考の柔軟さというのは驚くべきことかもしれない。 「片桐さんは理解しようとしてくれてるんだろうね」  潤がそう言うと、颯真も頷いた。  理解しようとする姿勢はありがたい。 「それにしても、社長のお相手はお兄様ですか。難儀ですな」  打ち合わせを終えて、そんな感想を漏らしたのは大西だった。  彼は腕を組んで、少し悩ましげに潤を見た。 「社長もお兄様も悩まれたことでしょうね」  潤は奇異なものとして見られる覚悟はしていたが、そのような寄り添う言葉をもらうとは思わなくて、意外な気持ちで大西を見た。 「いつからですか」  優しく問いかけられ、潤は呟くように今年に入ってからですと答えた。 「そうですか。いや、社長が指輪をされるようになって、お相手を見つけられたのだなと飯田さんと話してはおりました」  思わず飯田を見ると、彼も頷いた。 「ええ。この間の発情期などは結構落ち着いておられたので、社長が番を持たれるもの間近かもと、そんな話を大西さんともしましたよ」  潤は驚いた。  やはり、社長などと言っても二人の前で自分はまだ若輩で、仕事以外は心配されることも多いのかもしれない。  そして、同期会で藤堂が言っていたことも本当だった。指輪を着けていることに気がついている人はいるし、その真意を察しているが、潤の立場で気軽に聞いてくる人はいない、と。  颯真が贈ってくれた指輪が、おそらく彼らに少なからず気持ちの準備をさせていたのだろうと思う。 「おそらく社長とお兄様だけではなく、茗子社長も……ご両親の苦悩もあったのだろうと思います」  潤は思わず俯いた。 「ことアルファとオメガは本能が定める番に出会えるか否かは、生活の……いや人生の質に大きく左右されます。  そのようなことも考慮されて、お兄様は社長を番とする決断をされたのでしょうし、社長もそれに応えられた」  潤は無言で頷いた。大西はアルファだから、颯真の決断に理解があった。 「ご家族だってそうだ。子供の幸せを願わない親はいません。当然血が濃い、血縁を番とする懸念は大きい。だけど、二人の幸せを考えたら受け入れるしかないでしょう」  それだけでなく、両親の苦悩も。茗子とは長く一緒に仕事をしてきたから、余計に気持ちが入り込んでしまうのだろう。 「これは運命……いや、宿命であったのかも。簡単なことではない」  大西の言葉には重みがあった。 「あまりにしんどい。正直そのような巡り合わせには、わたしは遭遇したくはないですし、自分の子供だって願い下げたい。それほどに際どい決断であると思います」  アルファの大西の言葉に、一同は静まり返った。それは和真や茗子の苦悩に寄り添うよう言葉で、潤自身そこまで考えたこともなくて、思わぬ言葉に胸を掴まれた。 「私から言わせると、お二人の関係性を世間に詳らかにして善悪を問うなど、馬に蹴られてしまえ、ですな。お兄様の決断と社長の覚悟、ご両親の決意……想像力がない連中には思いつくこともできないでしょう」  想像力の欠如は残念ですなと大西。  大西の言葉は潤の心を大いに癒し、一堂はなにも言えなかった。
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