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序章
ここは惑星クルスト……。荒れ果てた土地に満たされ、夢と希望が失われた世界。人々は部落こそ形成はしているが、建物は殆どがバラックで、柱を数本立て、粗末な屋根と床があるだけで、壁はなく、風が吹けば吹き曝しの状態となる。そうなれば、安眠することなんて出来やしない。
私の住んでいる部落は、粗末な食料品を売る市場があるくらいで、産業とは無縁の部落だ。貧困に支配され、一秒先にすら未来を見つけることは出来ない。治安と言う物は存在せず、毎日、何処かで犯罪が発生する、最悪の部落だ。
私も毎日、何処かで食べ物を盗んで生活をしている。今日を生き抜く事が出来るのか……。それさえ、想定することが出来ない社会で生きているのだ。
私の名前はエリーナ。父も母も私が物心ついたころには、存在していなかった。私は一人で、生きてきた。食料を掻っ攫い、砂利に塗れた湧水を啜り、人には暴力を振い、とにかく生き抜いてきた。
人から聞いた話によると、この惑星にはごく一部の者は、綺麗な建物が並ぶ街で、かなり贅沢な暮しをしていると聞いた。富裕層と呼ばれている人達らしいが、私には、実在しているのかすら分からない。
とにかく私は今日と言う日を生き抜かなければならない。
私は物陰に潜み、市場に並ぶ果物を狙う。店主らしき男が大声を張り上げて、果物を売ろうと必死だ。この部落にお前が売る果物を買う奴なんていないよ。皆、お金なんて持っていないからね。
店主らしき男が、売り場から少し離れ、更に営業に必死になる。
私は物陰から飛び出し、一気に果物を幾つか掠め取り、ズタ袋の中に入れ、走り去る!
店主らしき男は、私が走り去ったことに気が付き、追いかけてくる。
私は必死に走る。捕まるものか。
ふと振り向くと、私を追いかけてきている男が三人いた。
しかも、かなりしつこい。いつもなら、楽勝のひったくりが、困難な物へと変化してしまったのだ。
私は必死に走ったが、一人の男に首の辺りを掴まれてしまった。
「捕まえたぞ!このコソ泥が!今日は、容赦しねーぞ!」
男は力任せに私を叩きつけるかのように放り投げる。
私は正面から地面に叩きつけられ、地面をごろごろと転がってしまうが、目の前に転がっていた棒を掴み、水平に振り、男の脛の辺りを殴った。
男は悲鳴を上げて、両手で脛を抑えて蹲る。
「この糞ガキが!女だからって容赦しねーぞ!」
もう一人の男が、怒鳴りながら、私の胸の辺りを蹴る。私は弾け飛び、倉庫のような建物の壁に背中から叩きつけられてしまい、その衝撃で棒は右手から離れ、私はへたり込んでしまった。
その男はにやにやと笑いながら、私に近づいてくる。私は怯えた表情こそ浮かべたが、両手で地面を押し、その勢いを利用して、右脚でその男の股間を蹴りあげた。
男は股間を抑え、正面から倒れ込む。私は立ち上がり、走り去ろうとしたが、店主らしき男に捕まり、持ち上げられ、地面に叩きつけられた。
他の二人の男も立ち上がり、私に蹴りを何度も叩き込む。
「このコソ泥が!くたばりやがれ!」
私は両腕で頭と顔を庇うだけで精一杯になってしまい、ひたすら三人の男に蹴られ続ける。
もう駄目かな……。
嫌だ!
死にたくない!
追い詰められながらも、私の生への執着は決して消えてはいなかった。私はただ、生きたいと言う執念だけで、この場を乗り切ろうと必死になった時!
私の右腕が異様に熱くなる。私は悲鳴を上げながらも、男達を睨み、何故か右腕を伸ばしていた。
右手の平から眩い炎のようなオレンジ色の光が放たれ、三人の男達は弾き飛ばされた。
「こいつ、妖術つかいか!」
「悪魔に違いねー!今すぐ叩き殺せ!」
三人の男達は私に恐れの感情を抱きながらも、立ち上がり、ゆっくりと私に向かってくる。
今度こそ……。
駄目かな……。
「そこまでにしたらどうかね。一人のやせ細った少女に大の大人が三人がかりとはね」
不意に別の男の人の声が響く。三人の男達の動きが止まった。
私は別の男の人の声の方向へと視線を向ける。そこには、鼻の下と顎に白い髭を蓄え、白い緩めの服とズボンで身を包んだ初老の男の人が立っていた。
「じいさん。こいつは俺達の売り物を盗んだんだ。容赦はしねーよ」
「なら、私が買い取ろうではないか。それで許してやったらどうかね」
三人の男達は初老の男の人からお金を受け取ると、この場からいなくなった。
「ありがとうごいます」
今の私が必死に発することができた一言……。
「大丈夫かな」
初老の男の人が優しく手を差し伸べてくれた。私はその手を握り、何とか立ち上がることができた。
「私の名はレオール。君の名は」
「エリーナです」
私は笑顔で答える。
「エリーナか。可愛らしい名前だね。良かったら私の所に来ないか」
私は、レオールからの突然の誘いに言葉を失った。今まで、こんな親切を受けたことがない私にとって、それは感動と言う物以外の何物でもなかったから。
「エリーナ。君には人並みの生活を約束しよう。ただし、私の基で修業に励んでほしい」
「修行ってなんですか?」
私は怪訝な表情を浮かべ、レオールに尋ねる。
「立派な戦士になるための修行を積んでほしい。君には素質がある」
レオールの言葉に自分の耳を疑った。今までこんな事は言われた事が無かったから。『お前に向いているのは、コソ泥だ』そんなことしか言われたことが無かったから……。
レオールは人並みの生活は約束すると言った。それなら、この話に乗るのは悪くないよね。修行がどんなものか分からないけど、戦士になるための修行と言っていた。きっと強くなれるよね。強くなれば、私の人生にも未来が見えてくるよね。
私はレオールの誘いを受け、ついていくことにした。
戦士のように強くなれれば、きっと明るい未来が見えるはずだ。今の私には、これくらいのレベルでしか、物事を計ることが出来なかったから……。
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