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総務部の定時退社日は、きっちり十八時で業務を終了する。
営業部にいた頃は結構緩かったし、先輩たちも直帰予定としてそのまま外を回ったりもしていたから、正直名ばかりの定時退社なのだと思っていた僕は、初めのうちは戸惑った。でも慣れてくるとやっぱりいいもので、月に二回は会う幼なじみの銅条は「飲みに行きやすいな」と僕の異動を喜んでいた。
今日の定時退社後も、銅条のお気にいりの店員さんがいるという居酒屋に行く予定になっていた。僕は最寄りのファストフード店に入ってなかなかこない銅条を待ちながら、鳴海先輩のことを考えていた。
帰り際、先輩は係長と話し込んでいたようだった。少し聞こえた話から、なにか今日中にやらなきゃいけない仕事を任されていたみたいだったけど、つきあい残業に厳しい社風もあって、下っ端の僕は定時のチャイムと同時にオフィスから追い払われてしまった。
先輩はまだ会社にいるんだろうか。
力になれるなら、先輩を手伝いたい。今だって本当はすぐにでもオフィスに行きたいけど、距離感には気をつけろと銅条にも言われていたから、どうするのがいいのかわからず、ただ悶々と時間を持て余すしかなかった。
テーブルの上のスマートフォンが振動して、銅条の「あと十分で着く」というメッセージがポップアップで通知される。すぐにもうひとつ届いたメッセージは、ビールを呷っているクマのスタンプだった。
「え、実紗、あのボンボンと別れたの!?」
突然、隣の席の女の人が驚くほど大きな声を上げて、僕は反射的にそちらを向いた。その声に一瞬辺りのざわめきが弱まったけど、喧騒が建物いっぱいに詰まった店内は、すぐになんでもなかったみたいに元の表情へ戻った。
「もったいなー」
「んー、でも金持ってるだけじゃあね。リッチだったけど、それだけ?」
「ひゃー、高望み。あたしはそれで十分だけどなァ。……あ! じゃあさじゃあさ、次あたし紹介してよあたし!」
「えー、歩美彼氏いんじゃん」
「いいのいいの、お互いそろそろ飽きてきてたし? ちょっと実紗、キープしといてよね。次、あたし予約!」
言い終わるなり、女の人たちはふたり同時にぎゃははと笑った。
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