ep.2

2/3
235人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
 あの予約宣言から一週間。  水瀬くんの様子は、翌日と同じくいたって普通だった。  会話そのものでいえば、以前より多少増えているとは思う。けれどそれもさっきのようによくわからない質問をしてきたりという同僚の関係に収まる程度の会話で、個人的な連絡先を聞いてくるとか食事に誘ってくるとか、そういう色のあるアクションは一切なかった。  もちろんなにか期待しているとか、そういうわけじゃまったくない。ないというのに、面白がってマキノが煽るものだから、この一週間ですっかり水瀬くんに対して挙動不審になる癖がついてしまった。  もうずっと、あまりに普通な態度の水瀬くんに、なぜか私だけが変に身構えてしまっている毎日だ。  水瀬くんの襲来で気の休まらなかった休憩時間が終わりに近づいて、私は食堂からのろのろとオフィスへ移動した。ドアをくぐるとさっきの謎の質問などなにもなかったように、平然と水瀬くんがデスクに向かっていた。まだ午後の業務開始まで五分はあるというのに、すでに仕事を始めているのか、真剣な顔でキーボードを叩いている。  私はその横を通って自分の席に戻りつつ、脇目もふらずモニターとにらめっこをしている後輩にこっそりと視線をやった。  先ほど頭を下げたときに引っかかったのか、横の髪が一束、流れに逆らって耳の上に小さな輪を作っている。そのギャップがなんだかおかしくて、私は自然と口元が緩むのを左手で隠した。  改めて知ってみると、水瀬くんという後輩はなかなか変わった男の子だった。  いわゆる不思議ちゃんタイプでぽやっとしていて、あまり打っても響かないし、何を考えているのかいまいちよくわからない。けれど仕事は速く的確で、なんでもそつなくこなしてしまう。社交性がある方でもないしさほど人あたりはよくないようなのに、妙に人好きのするのも彼の不思議なところだった。  水瀬くんの横を通りすぎる手前、一度口元を引き締めてから、私は水瀬くんの肩をちょんちょんと軽く叩いて、耳の上の輪を手振りでこっそりと伝えた。  顔を上げた水瀬くんは、私から視線を逸らさずに左手で耳の上を撫でつけたけれど、すぐにほどけそうな毛質のわりに、髪の輪はまた元通りにくるんと水瀬くんの頭の横で丸まってしまった。  優秀だけれど隙だらけ。それが水瀬くんの不思議な魅力の増幅器なのかもしれないなと思いながら、私は水瀬くんの髪の輪っかをひとさし指の先でほどいた。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!