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「考えてたんだけど、その水瀬くんって子、もともと営業部の所属だった子じゃない? 確か、二年目?」
「んー、ちょっと前にうちの部に来たんだけど、前はどこだったかな。入社はそうね、私たちのふたつ下」
「もしかして、鳴海を追っかけてきたんじゃない? 花形の営業から総務にだなんて、そうそうないじゃない」
「まさかぁ」
楽しそうに口角を上げて顔を寄せるマキノに、私は冗談とばかりに笑って返した。
「まぁなんにせよいいことじゃない。さっきも言ったけど、彼、なかなか見込みありそうよ」
「なによそれ、人事の目?」
「それもあるけど、単純に人を見る目、かな。少なくとも、鳴海よりは自信あるし?」
反射的に、マキノの左手の甲に目が吸い寄せられる。
薬指で輝くのは、シンプルながら洗練されたデザインの指輪。それ自体は羨ましいわけでもないけれど、マキノの旦那さんが国宝並みに非の打ち所のない素敵な人なのは私も知っている。そして、マキノのことをとても愛しているということも。
「ま、気が向いたらさっき嘘ついたことも話してよね」
「だから、嘘はついてないってば!」
「はいはい」
私が眉を寄せるのに、マキノは意に介さない様子でカラカラと笑い飛ばした。
本当に嘘はついていない。ただちょっと、マキノに話さなかったこと、は、ある。
昨日の夜、「予約」という謎の申し出をする水瀬くんがそれは告白なのかと尋ねた私に言った「それはまだ」には、実は続きがあった。
『いえ、それはまだ――
でも、僕の番になったときは、覚悟してくださいね』
そうして小悪魔のように艶やかに笑んだ水瀬くんのことも、それに射られたように思わず跳ねた私の心臓のことも、ただなんとなく、マキノには話せなかった。
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