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 リクとの再会は、思わぬときにやってきた。春先とはいえどもまだ肌寒く、窓外の桜の木にようやく蕾が膨らみ始めた頃だった。 「痛っつ…」  生理2日目。生理痛に加えてひどい眠気と腰痛、気だるさ。仕事を休むことに決めて会社に連絡し、パートに出かける母を見送って布団に潜り込んだ。家には私1人…。  ベッドで丸くなり、新しくお湯を入れ替えた湯たんぽを腰に当てる。ああ…今月、結構辛いなぁ…。  そんなことを思いながら、先月別れた彼のことを思い出し、生理が来たことに心から感謝した。別れた彼は避妊がいい加減な人で、私はいつもセックスを楽しめず、生理予定日の前後は無事に生理が来るかどうか、気が気ではなかった。 「ん…」  何度目かのまどろみから目が覚めた。重い瞼をなんとか薄く開けたときに、誰かが顔を覗き込んでいることに気がついた。 「え…?」 「凪ちゃん、久しぶり」  にっ、と笑ったときに見えた綺麗な歯並びの白い歯。ブリーチした髪…大人びた輪郭の割には、いたずらそうな輝きを放つ瞳に、思わず記憶を探った。 「リ…ク?」 「久しぶり。どしたの?風邪?」 「あ、うん。いや…え?なんで?なんで?」  ぼんやりとした頭をフル回転させる。目の前にいるのは、引っ越しの挨拶にきて以来のリク…の、成長した姿。 「春から海人と同じ大学通うんだ。で、今日は久しぶりに遊びにきた」 「え…大学?」 「うん。ね、海人にさ、部屋行って漫画取ってきてって言われたんだけど、部屋変えたんだね?」  あ…そうだ、海人と私が部屋を交換したの、海人が高校2年生の時だから…リクが知らなくて、当然。 「あいつの部屋、前の凪ちゃんの部屋?」 「うん」 「ありがと。じゃ、お大事に」  そう言って部屋を出ていくリクの後ろ姿は、あの頃と違っていた。少年から…青年になっていた。  高い背。広くなった肩幅に、がっしりとした首。逞しそうな二の腕…高校でバスケ、続けたのかな?  リクが海人と同じ大学なんて知らなかったから、その日の夜、海人を質問攻めにした。 「リクとはさ。ずっとLINEで連絡取り合っててさ、同じ大学受験しようぜ、ってなってさ」 「そうなんだ」  海人は、手にしていたスマホから目を上げて私に言った。 「リクさ、すげぇ驚いてたよ?」 「え?なんで?」 「姉ちゃんが綺麗になったって」 「へぇ…」 「だから言っといた。今も昔もクソ姉貴だよって」 「何よそれ!」 「二人ともいい加減にして?晩御飯にするからほら、お箸並べて」  姉弟の他愛ない口喧嘩に、母が口を挟む。 「リクちゃん、大きくなったわねぇ?今度夕飯食べにおいでって言っといてよ」 「あ、来週末泊まりに来いって言っちゃった」 「え!来週末?」 「なんかあった?」 「お父さんの会社の社員旅行の日なのよね。お母さん、一緒に行く予定なのよ」 「えー、マジかよ」 「泊まるのは別にいいけど、ご飯はどっかで食べてきなさいね?」 「リクさぁ、母さんのマカロニサラダすげえ楽しみにしてんだぜ?」 「あら、じゃあそれだけは作っとくから朝ごはんのときに食べたら?」 「マジで?やった!」  そんな会話を聞きながら、夕飯を食べはじめた。来週末…リク、泊まりに来るんだ…。  小学校のときのリクは、まだまだ子ども、という感じだった。決して気弱ではなかったのに、いつも海人の後ろにくっついてた気がする。  中学に入ると少し背が伸び、声が低くなったけど、私にとっては相変わらず弟と同じ扱いで「男」としてドキドキするような対象ではなかった。  なのに…さっきの気遣い。高くなった背、広い背中、逞しい首…それを思い出すと、リクのことをもうあの頃にように微笑ましく見れない…そんな予感があった。
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