エインヘリャルは傘を差すか?

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 式は無事に終わった。が、雨は更に激しさを増していた。今年の梅雨そのものだった。  式の最中は厳粛な空気に満ちていた白いテント内だったが、今はそれとは違う静寂さが支配していた。出席者の殆どは近くにある別の大きなテント内で休憩しつつ、話をしたりコーヒーを飲んだりと、皆が皆それぞれで故人を偲んでいた。  白いテント内に残っていた飛菜美は、前方にある慰霊碑をただただじっと眺めていた。席から立って数歩歩いたところにいたが、今まで感じていた歩きにくさの違和感が全く無く、右脚の義足が生身のように感じられた。  出席していた同僚の参謀達や同期入隊の仲間と話を終えた塚本が、飛菜美のもとに来た。  「そろそろ帰りましょう。相模基地からクアラルンプールに向かう機に同乗します」  「……わかりました……」  ふと飛菜美は、白いテントの外にある雨に打たれる石畳の小道を見た。そして、そこに導かれるように飛菜美は歩き出した。さっきと同じく、違和感無く足を進めた。  外に出た飛菜美を迎えたのは、大量の雨粒だった。飛菜美は、身体に当たる大量の雨粒を感じると、じっと立ち尽くして上空を見た。ものの数秒で、びしょ濡れになった。  そんな飛菜美の様子をしばらく見ていた塚本は問いかけた。  「……どうしたんですか?……」  飛菜美は塚本の方に振り向き、黒い傘を差して帰っていく遺族やその関係者を横目にこう言った。  「もうしばらくの間、雨に打たれようかと思います」 END
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