エインヘリャルは傘を差すか?

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 朝のニュース番組の最後に流れた天気予報は、午後から全国で雨だと報じていた。まさにその通りの昼過ぎの濃い曇り空だった。  その近くを米粒サイズの報道ヘリコプターが通り過ぎていくが、人類政府軍アジア太平洋軍日本司令部の緑色で縁取られた庁舎の陰に隠れてしまった。  長い眠りから覚めて初めて目にした窓越しの空に似ていたのをふと思い出し、ロータリーの隅にある木陰のベンチに座っていた矢沢飛菜美大尉は気道が急に細くなるような窒息に似た不快感に襲われた。はるか遠く上空にあるような曇り空は、あの時の紅い嵐に包まれた地獄の風景を思い出すスイッチだからである。  「矢沢さん」  「……」  「……あれっ、矢沢さん?……」  「……あっ……ごめんなさい、塚本さん」  上空を見つめ続けていた飛菜美を現実に戻したのは、同僚である2歳年上の塚本遼准佐だった。飛菜美がマレーシアのクアラルンプールにある統合司令部の統合特殊軍参謀本部スタッフを命ぜられた時にサポート役を買って出たのが特殊軍の海軍部隊出身の塚本で、ここ数ヶ月は仕事を共にしていた。  「そろそろ会場に向かいましょう。来賓の到着も近いですし」  「……ああ……そうですね」  そう言って飛菜美はゆっくりと立ち上がると、塚本と共に会場へと続く石畳の歩道をゆっくりと歩き出した。
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