エインヘリャルは傘を差すか?

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 ふと聞こえたその多村の声は、またしても去年末のあの時の記憶を鮮明に蘇らせた。2018年12月16日に茨城県鹿嶋市で発生した、水棲爬虫類型巨大怪獣メガプリクスの変異種による怪獣災害である。  市街地や工場地帯を散々破壊した後に起こした核爆発のような巨大な自爆によって、多村率いる部隊は飛菜美を残して壊滅し他の戦闘機部隊にも甚大な被害が出てしまった。  自爆による激しい爆風に晒されて脱出装置が損傷し操縦不能に陥った戦闘機の操縦席で、無線通信を通じて「……すまない矢沢……」という人を褒めない冷たい性格なはずの多村とは思えない言葉を聞いた直後に墜落した瞬間が、飛菜美のあの時の最後の記憶だった。その後、病院内で意識を取り戻した飛菜美だったが、多村や同僚達はもうこの世にいなかった。  だが、飛菜美を襲うショックはこれだけではなかった。病室のベッドの上で目覚めた時に、腿から下の右脚の感覚がおかしいと感じたのがきっかけだった。  墜落時の衝撃で飛菜美は骨折や内臓損傷など身体の複数個所に重傷を負い、右脚は大破した戦闘機の残骸で押し潰されて切断を余儀なくされてしまったのだ。常に過酷な状況下にある戦闘機の操縦には耐えられない身体になってしまったのは明白で、飛菜美は白い天井をボッーと眺めつつ戦闘機パイロットの道を断たれた事を確信した。  「……矢沢さん?」  「……えっ……あっ、ごめんなさい……」  小さな声で塚本に話しかけられ、飛菜美はハッとなって現実に戻った。  すでに式は始まっていて、周りにいた出席者は国歌斉唱の為に立っていた。その様子に気付いた飛菜美は、義足を付けた右脚をかばうようにゆっくりと立ち上がった。
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