エインヘリャルは傘を差すか?

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 「……ベッドに横たわる兄は、すぐ近くにいる私に気付いている様子で、首を私の方に向けました。その時ばかりは、意識が僅かながら、とにかく少しだけはっきりとしたように見え、心拍も呼吸も通常の状態まではいきませんが、戻りつつありました……頭も包帯に包まれていた兄は、話しやすいように口をもごもごと動かして雑に包帯をずらすと、こう言いました……『隊の部下達は?』と……」  隊の部下達は?――その多村が言った言葉に飛菜美は自身の存在を重ね合わせ、無事に生き延びている今の状況に突風の如く現実感を覚えた。  「……その時は情報が錯綜していて、私は素直に『わからない』と言いました。しばらく私の顔を見つめた後、兄は更にこう言いました……『……相手は変異種だが、もっと正確に、慎重に、冷静に戦えたはずだった……私はどうなってもいい、とにかく部下達は無事であってほしい、わたしがいなくても、これから先新たな仲間を率いて、使命を全うできる、大切な仲間なんだ……とにかく生き延びててほしいんだ……』」  志津香は思わず目頭が熱くなり、涙目を見せぬように俯いた。が、深呼吸をしてすぐに前を向いた。そして、閉じた気管をこじ開けるかの如く声を出した。  「……そう言った後……兄は何言わなくなり……先程とはうって変わって……力が抜けたように動かなくなりました……」
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