一匹狼

二

　或る日も夜間大学へ向かう電車の中で、「今日は空いてるね」と隣の知り合いの学生に言われ、「ああ、空いてる」と啓介は然も虚しそうに答える。
　これはまだ増しな方である。彼は挨拶代りの会話をも否定する位、まともな空気の中に居る事に嫌悪を感じる人間になっていたから、「今日は涼しいね」と相手に言われても、まともな人間なら爽やかな笑顔で、「ほんとに涼しいね」と答える所を八割方、言われなくても分かってるよ！と内心思いつつ仏頂面で、「あ、ああ」としか答えないし、「今日は暑いね」とか「今日は寒いね」とか言われても七割方、言われなくても分かってるよ！と内心思いつつ仏頂面で、「あ、ああ」としか答えないし、夜間大学の帰りに電車の中で、「今日は空いてるね」とか「今日は混んでね」とか言われても六割方、言われなくても分かってるよ！と内心思いつつ仏頂面で、「あ、ああ」としか答えない。或る日も、「今日は混んでるね」と言われて面倒臭そうに、「まあねえ」とだけ答えると、中日移籍後一年目の落合選手についてこう持ち掛けられてから相手と意見が完全に扞格し、案の定、虚しくなった。