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ザアザアと鋪装された地面と傘に雨粒が叩きつけられる音が響く。お世辞にも頑丈とはいえない金属の骨の傘を、担ぐようにして持ちながら帰路を進む。お粗末なビニールの傘の上を、次々に雨水が跳ねて飛び散った。濡れないのは頭くらいで、腕や腰から下はほとんど雫が線を引いたり、染みたり、光を反射したりしている。眼鏡が濡れていないだけ幸いなのだろうか。足はまだ冷たくないけど、時間の問題かもしれない。急いで帰ろう。 水かさを増して、いつもよりドウドウと大きな音を響かせて流れる川。そこに掛かっている、大きな石橋。橋の車道をワイパーを忙しなく動かしている車が、歩道を傘を差している人が行き交っている様子がちらほら見える。ここを渡れば、もうすぐ愛しの我が家がある住宅街だ。 橋の中央くらいまで歩いたところで、立ち尽くす人影が見えた。橋の灯りがあるとはいえ、今はもう日が落ちているし、この雨だ。視界はいい方ではないはず。でも、やけにこの人物はこんな雨の夜でも浮かんでいるようにはっきり見えるのだ。この人は…お坊さんだろうか。笠を頭に被り、黒い着物を着て、左手に鈴、右手に小さい器を持っている。背中には風呂敷みたいな鞄も背負っている。もう少し近づいてみる。…間違いない、お坊さんだ。こういうお坊さんを他の場所でも見たことあるし、詳しくはないけどどんな人かは大雑把には聞いたことがある。確か、修行の一貫でずっと外にいながら道行く人からお金や食べ物をもらっているのだとか。バケツをひっくり返したようなとはいかないものの、今は結構土砂降りだ。案の定、このお坊さんは笠を被った頭以外は、びしょ濡れである。顔は笠の陰でよく見えないけれど…でも間違いなく着物は色が濃くなっており、足下は泥で黒い。それでも、このお坊さんは愚痴一つもらさずずっと車道を向いて立っている。…こんな雨の中でも、修行しなきゃいけないのか、彼は。せめて屋根のある場所にすればいいのに。 「あの、これどうぞ。」 大変そうな彼を見ていたら、思わず財布から小銭を出して塵紙にくるんで渡していた。ちょっと今はお給料日前だから、大した額は出せなかったけど、せめて彼の修行が無駄にならないようにと気持ちは込めて。おずおずとお金を受け取る彼を見たけど、相変わらず顔は見えない。こちらを向いてはいるけど。…返事もない。何となく気まずくなって、軽く会釈をすると私はそそくさと彼に背を向けて早足で歩き出した。すると、返事の代わりにチリンと一回だけ鈴の音が聞こえた。振り返ると、あのお坊さんがこちらを向いている。そして、軽く会釈をすると何事もなかったようにまた車道に向き直った。私は、口角が上がりそうになるのを隠しながら、我が家を目指して橋の向こうへ渡っていった。
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