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あれから一ヶ月くらい経った。就活はお世辞にも上手くいっているとは言えないし、親戚の何人かがあのまま亡くなっててんてこ舞いだったけど、私は何とか生きている。ただ、最近の悩みはお腹は空くのにご飯が美味しく感じないことだ。…あのお坊さんの、たまに外出時にお布施してお礼にもらっている果物は何とか食べれているけど。というか、あれしか最近美味しくない。食べたくない…。どうしたのだろう、これが噂に聞くうつ病というやつか?うーん、病院お金かかるし面倒なんだけどな。 今日は特に何もする気になれない…けど、家にも居ずらいから近所を散歩している。…これってやっぱり精神的によくない傾向なのかな。ああ、でもそろそろ帰らないと。日も傾いてきたし。夕日が綺麗だなあ…明日も晴れるだろうか。橋を渡りながらそんなことをぼんやり考える。…と、また中間地点にあのお坊さんがいた。 「こんにちは!」 特に今日はお布施できるようなものは持っていないんだけど、かといって今更無視して素通りもどうかと思ったので一応挨拶はした。…が、今日は反応がない。どうしたんだろ…私は何か気に障るようなことをしたのだろうか。確かに最近会う機会は減ったけど。すると、漸く彼はこちらを向いた。…けど、 「…汝の魂、いと麗しな。」 「?」 「其はひとへに夜闇に煌めく綺羅星のごとし。」 「えっと…」 喋れたことにもびっくりしたけど…彼の言っていることも難解すぎてびっくりした。えっ、何?何なの?どういうこと?ジリジリ近づいてるのもちょっと引く。ふと、ポツリと頬に冷たいものを感じた。…雨?雲一つないのに?そう思ったのも束の間、雨脚はどんどん激しくなっていく。だが、お坊さんは全く気にする様子はない。 「いとはゆき其の光、我思ひ惚れけり。日に異には思ひますとも、とどまらず。然れど、秘めたりし思いすでにもて隠さず。汝、いと清げなり。かかる我にはあたらしきほど。されど、いかがすとも欲しくたまらず。いかでか、もろともに来ずや。」 何か圧みたいなものを感じる言い方で彼が話しているのは、日本語であるのは間違いないけど、古すぎてついていけない。この妙な雨も相まって余計に困惑した。ああ…びしょ濡れになっちゃうなとか、国語をもう少し真面目に勉強すればよかったかな…と俯いて考えていると、掛けていた眼鏡が顔から滑り落ちた。あっ、左のレンズが外れてる!慌てて拾い上げると…見えてしまった。近眼だから近くは見える。だけど、今はそれ以前の話だ。…レンズがはまっていないはずのフレームから、お坊さんの姿が見えた。多分、知ってはならない、見てはならないはずのものが。だって、右のフレームのレンズからはただのお坊さんだもの。肉眼もそう。じゃあ、左のフレームから、この輪の中から見えるのは誰…いや、"何"なんだ? 「…貴殿は、その輝きを他の者にも見せているのか。」 「!」 「妬ましい…ならばいっそ」 ザアザアと夕日に照らされた雨が降り注ぐなか、瞬く間に視界が闇に覆われ口を塞がれた。…あっ、噛まれた…? 『誰かに恨まれるようなことはしちゃいけない。でも、好かれすぎてもいけないよ。』 呼吸も意識も薄れ行く中、祖母の言葉を思い出した。ああ…ひょっとして、こういうことなのだろうか。でも何故だろう、不思議と嫌じゃなかった。怖くもなかった。寧ろ…心地いいような暖かいような。何だかやっと一番欲しかった何かをもらえたような…少し切なくもなったけど。雨音とチリンという鈴の音が聞こえたのを最後に、完全に私の意識は深いどこかへ落ちていった。 終
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