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ー「うーっす」 教室に入ると、窓枠に腰かけた山下がスマホをいじりながら「あの高飛びしてた1年、ちゃんと学校来てるみたいだな」と声をかけてきた。 「高飛びって…」 「顔すげーことになってたけど、どしたん?アザできてたな」 「親戚のおじさんに殴られたんだってさ。ガラパゴスで」 「殴られた?」 「伯父さんが島までアイツを連れ戻しに行ったんだよ。このまま帰んなかったら留年なるからって。現地で相当揉めたらしい」 「で最終的に殴られて、渋々帰国ってことか」 「そ」 「ロックな生き方してんなあ」 「ただのバカだよ。日吉は?」 「寝坊」 「また体育欠席?」 「いや、ギリ間に合いそうって」 「…あそ」 9月下旬。ハルヒコが笑一に連れられ帰国してから1週間が経った。呆れ返る天音たちをよそに、彼はけろりとしたいつもの仏頂面で寮に舞い戻り、彼らの寮生活にはようやく夏前の日常が戻ってきた。しかし全くの元どおりかといえばそうではない。この夏で青年たちの関係には大きな変化があったのだ。 ハルヒコが帰国して3日目の夜、天音は少し悩んだ末「僕のことどうでもよくなったの?」と単刀直入に尋ねた。ハルヒコは一瞬眉をひそめ、その問いの意味をつかみそこねていたようだったが、やや置いて「そうじゃない」とだけ返し、それ以上の問答はふたりのあいだにはもう起こらなかった。 (はー・・・) グラウンドで10月を目前にした秋の空を仰ぐ。制服の移行期間もまもなく終わり、体育でもジャージを羽織る生徒が増えてきた。 (・・・なんか妙に冷たくないか?) 考えるのは、帰国後のハルヒコの態度だ。 夏前はあれほど鬱陶しく絡んできたのに、夏にあのようなことがあり、突如として行方をくらまし、どうにか戻ってきた今、彼とのあいだにはあの頃にはなかった隔たりを感じている。かと思えば昨夜寮の廊下で、「喰らえバカイグアナ!」と突然持ち上げられてバックブリーカーを喰らい、背骨を軋ませる天音の悲鳴で駆けつけてきた芳賀に助けられた。ハルヒコの顔のアザは確かに笑一の拳によるものだが、右目付近の青アザは昨夜の天音の左フックによって新たに付け加えられたものだ。 (・・・昨日のアレはよくわかんないけど、前以上に目も合わせなくなったし、くだらないからかいも無くなったし、どっか遊び行こうって誘っても断られたし、何より・・・) 互いの実家で持て余していたあの旺盛な性欲をカケラも見せず、ふざけて触れようともしてこない。サラたちとしていた部屋替えの話も結局なされぬままうやむやになっているので、土曜の夜にふたりで寮を抜け出そうとそれとなく誘ったが、彼は「今からひとりボーリング大会の約束があるから行かん」と応じなかった。天音は(ひとりなのに約束ってなんだよ)と思いつつ「じゃあ僕もいっしょに…」と返したが、「だぁーーれがおめーのような童貞小僧なんかと行くか」と眼前で憎たらしく口を歪めてきたので、悔しさのあまり膝蹴りを喰らわせて、そのまま翌日の昼まで自室にこもっていた。 (結局、恋人なんかいらなかったのかもな、アイツ。興味本位でセックスして、満足して終わっちゃったんだ) 虚しさのこもった大きなため息を、雲ひとつない空に向けて吐き出した。
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