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弐。
(そもそも、嫌いなところを探そうと思うから、行き詰っているのではないだろうか……)
「社長ッ! 今日は、有難うございましたッ」
例の、新卒ルーキーが大きな声で腰を直角に折り曲げている――ああ、こいつは野球部出身だったっけな――初のお手柄に、嬉々とした表情で俺のデスクの前にやってきた。
「おめでとう。これからが勝負だな。先輩たちと協力しながら、しっかりやってくれよ」
「はいっ!」
社内のムードが明るくなる。
小さな会社だ。ワンフロア、全員のデスクが向かい合わせに並んでいる。『良かったなー! 張り切り過ぎて、ポカすんなよ?』などと、明るい掛け声が各所から上がる。
要も、月末の経理処理でPCに齧りついていた顔を上げ、美しい笑顔で『おめでとう』とエールを送っている――
(うん? 今、要と目が合ったが……。逸らされたのか?)
今日一日、社内にいる間――要からのあからさまな視線には少々閉口した。視線があれだけ雄弁だとは思わなかった。なにか収穫はあったのだろうか? まあ、一週間後には分かることだ。
「お先に失礼します、社長」
要は、仕事が済み定時に帰宅した。俺はこれから件の契約内容を、法務関係の社員と新卒ルーキーとで詰める予定だ。
俺達は同棲している――同性で同棲――おやじギャグみたいだが、れっきとした恋人同士だ。俺の片想いが成就して、この幸せな生活を確保するまでに随分と年数がかかった。
だからこそ――
(そうか! 嫌いなところではなくて『改善したほうが良いと思われるところ探し』に切替えてみれば、もう少し気楽に要観察ができるかもしれない)
少しだけ気持ちが軽くなった。
今夜の夕食当番はあいつだ――そう考えたら、腹が空いてきた。早く仕事を片付けて帰宅しよう、要の待つ家へ。
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