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マッサージ師・由香里 再会
20階に到着すると休憩用のフロアがあり、その奥に白い扉があった。
扉にはプレートがあり、【マッサージ部門】とあった。
「結構分かりやすいよな、ウチのビル」
フロアごとに部門が分かれていて、案内マップはないものの、一度教えられれば迷わずに来れるのは良い。
…別に方向音痴というわけではないが、流石に会社の社長の息子が、自社ビルで迷っている姿をさらすのはどうかと思う。
まあ幹部達はオレの顔を知っていて、毎日誰かとは顔を合わせる。
そしたら向こうから話かけてくれるので、困ったことがあれば彼等がすぐに対処してくれる。
…と言うのも、ダメだよな。
完璧に自立するまで、少し甘え癖を直した方が良いのかもしれない。
そもそも梢さんの影響もある。
彼女は親父の秘書ではあるものの、オレが高校を卒業するまでは彼女がずっと傍にいてくれた。
忙しい親父の代わりを務めてくれていたんだろう。
なのでオレは彼女を恋愛対象には見られない。
下手な男より、よっぽど男らしいからだ。
「まっ、頼りにはなるけどな」
けれど流石にこの歳で学生の時と同じことを繰り返しているようでは、進歩がないと言える。
「もうちょっとしっかりしよう」
オレは気を引き締め直し、扉をノックした。
「失礼します。桔梗さんからこちらに伺うように言われたんですが…」
扉を開けると、そこはマッサージの専門学校の教室のようだった。
前にテレビで見たことがある。
広く清潔な白い部屋に、細長いベッドがいくつも並んでいる。
そしてベッドの傍らには、椅子が一つずつセットで置いてあった。
やっぱり『性』のことに関しているとは言え、その知識や技術は一流のプロと引けを取らないと言われるだけはある。
引き締まった空気が、背筋を自然と正してくれる。
「はぁーい、伺っています」
右手の扉から現れた女性を見て、オレは眼を丸くした。
「ゆ…かり、さん?」
「あらぁ、若様ぁ。お久しぶりねぇ」
この甘ったるくも柔らかな声。
その声に相応しく、彼女はとても柔らかな雰囲気を持つ女性だ。
「何で…えっ? あっ、梢さんの親友ってそういう意味か…」
「凄いわねぇ、若様。瞬時に悟ってしまうなんて」
由香里さんは両手を胸の上で組み、嬉しそうに微笑む。
…が、オレは頭から足元まで、血が急激に下がっていった。
ふらつく体を壁に預け、オレは思い出した。
―彼女とはじめて会った時のことを。
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