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「嫌いは嫌い、それだけよ。」
智子はそういうと目の前の事から目を背けるみたいに踵を返した。七センチある細いピンヒールの踵がカツカツとコンクリートを蹴り飛ばす。夜の東京は眠ることも忘れ、眩しいくらいのネオンで輝いていた。その美しさが今の智子には眩しすぎて、眼球に涙の膜が厚く張っていく。
(泣くんじゃないわよ、智子。だって仕方ないじゃない。)
スリットが入っているとはいえ、歩き辛いスーツのタイトスカート。それでも社会人になってから十数年と世話になっているため、大股で疾歩するぐらいはお手の物だ。一刻でも早く喧騒を離れ、一人暮らしの孤独でちっぽけな空間に戻りたい。智子は零れ落ちそうになる涙を時折拭いながらただひたすらに歩いた。
脳裡にちらつくのは最後に見た彼の顔。
何が起きたか分かっていないような、けれど深くショックを受けたような。ただでさえ大きな目を落しそうなぐらい大きく見開いて、皺の心配もしなくていいぷるんとした頬を噛みしめた、可愛い可愛い、男の顔。
(十五歳、なんてね)
二十も歳が離れていれば息子であってもおかしくはない。そんな若い男から、毎朝通勤電車で顔を合わせていただけで、まさか告白されるとは。
「嬉しいけれど、ああ言うしかないじゃない」
だってあの子はこのネオンのように、私には眩しすぎるから。
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