1人が本棚に入れています
本棚に追加
ある日のことである。その日は夏休み明けの蒸し暑い日であった。いつものようにカーテンに右頬を隠した兎の人形が、二階からこっちを見下ろす状況で、その橋の上を気楽に行こうと努めると――橋の下に誰かいるのが見えた。僕は恐ろしくて、そのまま何ともなかったかのように通り過ぎようとした。しかし何故かそれを見ておくことが義務のように感じて、自転車に跨りながら、石の欄干に手をつき、暗い川の方を覗いてみた。
橋に電灯が四本ついているだけのその場所では、当然橋下にいる人影の正体を確認することはできない。見えても、黒い影が微かに分かるばかりである。
しかしその人影はアンタレスほどの、微かに赤い発光をして、動いているのだった。僕は恐怖に縛り付けられた。不自由を嫌う胃袋は嘔吐いた。湿った空気に漂う大蚊が頭上の電灯に当たった。
その朧に赤い人物は、川岸をのそのそと歩いていた。広くて曲がった背中は気怠そうだった。
しかしその日はもう耐えられなくなって、そこで自転車のペダルを踏み、たまたま通り過ぎた人の如く走り去った。
最初のコメントを投稿しよう!