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「何事か?」
奥でエフェメラを整理していたケラエノが出て来た。踏み込んで来た将校たちだったが、ケラエノに対しては一斉に膝を付いて礼を表す。詠に対して礼を失することは、自分を使用している詠の恥となるためだ。
そうして膝を付いた者たちの後ろから、ケラエノと同じような銀髪と紅い瞳の存在がゆっくりと進み出て来た。将校たちを使用している詠だろう。今度はトウとゲンが膝を付く。
「なんじゃ、ディケか」
「あらケラエノ、ごきげんよう」
2体の詠は名を呼び合い、向かい合った。
ディケという名の詠は、やはりヒラヒラキラキラした衣の胸元から扇を取り出し、口元に添えた。扇には天秤が描かれている。
童女の様なケラエノに対し、ディケは背が高く、人であれば娘というより女と呼ばれ始める年頃の姿をしていた。オオババの物語の中に、主人公である娘をいじめる意地悪な義理の姉が出てきたが、思い浮かべていたその感じに近いと、トウは不意に思った。
「あなたが使用している人が、恐れ多くも禁を破り記録を為している……と、うちの者たちが聞き付けたと言うので。お話を聞きに参りましたの」
「ふむ、何と?」
"街住み"の人間は、すべからく詠の所有物であるため、何か事を起こした場合は関わる詠同士で話し合い、その結果が全てとなる。
ディケが視線と扇で合図すると、例の将校が進み出て口を開いた。
「その輩は人の身でありながら、図書館から借り受けたエフェメラを不正に利用し、禁じられている記録を為しました。そして、連れ合いとして共に暮らしている者をも巻き込もうとしたのです」
将校が入口の方を振り向く。扉の陰から進み出て来たのはコチョウだった。
「あの人がエフェメラに物語を覚えさせ、私に聴かせたのです。連れ合いが禁を破っていると思うと、とても、恐ろしくて……」
将校が続ける。
「彼女は勇気を出して私に相談してくれました。事の証として、利用されたエフェメラも見付けてあります。既にディケ様に調べていただきました」
将校の部下と思われる1人が、扉の向こうから、あの星を持たないエフェメラの手を荒っぽく引っ張って連れて来た。
「お返ししますわ」
とディケが扇を振った。
ケラエノが眉を寄せた神妙な面持ちで言う。
「それはまた……騒がせてしまったようじゃな」
「まったくですわ」
「うちの者と少し話がしたい。その上で明日、そなたの館へ連れて行こう」
「よろしくてよ。あなたの管理する人なのですから。あなたがこの騒動に、けじめをつけていただかないと」
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