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6 思い描いた物語
ディケの館の一室。館の主と並んで上座に腰掛けたケラエノが重々しく口を開いた。
「昨日、申し出のあったように、当方が使用しておる人間トウがエフェメラに物語等を吹き込む行為をしたことは事実に相違無い。こちらでも使用されたエフェメラを確認した」
彼女とディケとを右側に見る位置で、トウは大きな卓に着いている。昨日は馬車でケラエノの館に収容され、更に今日はここへ連れられて来た。
「我々は文字による記録を許さぬ。そのおそれのある行為を見逃さぬ働きぶり、ディケのところはよく鍛えてあるようじゃな」
ディケは無表情で茶を飲んでいる。ケラエノは出されたものに手を付けていない。トウと、彼と向かい合う位置で卓に着いている別の2人の前には、何も出されていなかった。
「当方はトウを次のように扱うつもりである」
ケラエノが粛々と言葉を続けていく。
「まず、"街住み"の地位を解く」
向かい側に座るコチョウが口元を吊り上げた。卓の下で隣の将校と手を握り合ったのが、トウにも分かった。
「そこの女」
そんなコチョウにケラエノが水を向けた。
「お前はトウの連れ合いとして街に入った。この先もトウと共にあるというならば、私はそれは認めるが……」
「そんなことあるはずないじゃないですか!」
コチョウは大きな声を上げて立ち上がり、トウに向かって怒鳴るように続けた。
「村に帰って一生後ろ指を指されながら野良仕事をするにしても、兵にされて死ぬにしても、1人でやって! 私は半月婚の仕来たりによって結婚を取り止めます。そして、この人の連れ合いになります」
と、将校と繋いでいる手を見せる。
「ああ……よく分かった。もうお前はトウの連れ合いではなくなった。人の結婚の仕来たりは知らんので、そこはお前らの好きにせい」
少し辟易した表情でケラエノは手を振った。
「では、トウ自身の扱いについて続ける」
そして改めて粛々とした語り口に戻って、続けた。
「文字とそれに類するものをかき残すことを我々は認めない。だから我々も文字や図を使わない。代わりにエフェメラを使うのだ」
椅子に座り直したコチョウが訝し気な表情をした。トウの話ではないのか、というところだろうか。ディケはただ静かに茶を口元へ運んでいる。
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