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「いつ、気付いたのだ?」
昨夜、館でケラエノに尋ねられ、トウは答えた。
「エフェメラに吹き込まれていたのが、オオババの物語と同じだったからです」
ケラエノの隣には、あの星の無いエフェメラが座っていた。
「あの物語を吹き込んだのがオオババ本人なのか、それとも物語を聴いただけなのかは分かりません。ですが、ずっと村の中だけで生きてきたとすれば、ここにいるエフェメラと同じ物語を知っているはずがないですよね。もしかしたら、オオババは昔、あなた様に使われていたのではないですか?」
ケラエノは可笑しそうに口元を綻ばせて、窓の外へと紅い目を向けた。
「あの子の創る話は特に好きじゃった。ずっとここに置いておきたかったのだがな」
遥か遠くを見ているように、少し目が細められた。詠もこういう表情をするのだなと、トウは新しい発見をした気持ちになった。
「我々は物語を作れんのだ」
またトウへと顔を向けて、幼き見た目の詠は語る。
「人ではないからなのか、長く生き過ぎるからなのか、我々にも分からん。我々が出来事をエフェメラに吹き込んでも、ただの事実にしかならんのだ」
そう言って隣のエフェメラを見上げる。
「しかし人は、事実と想像と空想とを合わせて、そこに伝えたいことや感じさせたいことまでも織り込んで、聴く者を楽しませるために物語を作る」
エフェメラは、ただ無表情なまま、正面を見つめていた。
「そういうことが我々にはできないようになっておるのだ。できあがったものを聴かされれば、なるほどと感じるがな。だから、物語を作ってくれる人が必要なのだ」
そう言って、ケラエノは真っ直ぐにトウを見る。
「我々が飽きずに楽しむためと、あとは人にとっても必要であるゆえに。お前のような役割に就く者は必要なのだ。あの子には久方ぶりに会ったが……良い若者を育てて送り出してくれたものよ」
ニッコリと、ケラエノは笑った。
「もし、エフェメラのカラクリに自分で気付けないようであったり、臆して何もしないようであれば、それまでということ。失格であったがな」
そうして今、ディケたちの前でケラエノは語っている。
「エフェメラは我々が記録に使っておるではないか」
裁かれるはずと思われていたトウにではなく、コチョウと将校とに向かって。
「普段は人は吹き込むことができないようにしたエフェメラを貸しておるだけのこと。こちらが渡したものでできることをしたとしても、何も問題など無いわい」
え? と揃って声を出して、2人はディケを見やった。
「ケラエノの行いによるものですから、ケラエノに説明させるのが道理です。どうして私が代わりに人に説明してあげなくてはいけないんですの」
飲んでいる茶に目を落としたまま、ディケは淡々と答えた。
「なんじゃ、私に会いたかったのではないのか?」
ケラエノがそう言うと、ディケは盛大にむせた。使用人たちが手拭いや替えの茶を持って馳せ参じる。
それを横目に見ながら、ケラエノは更に続けた。
「さて、トウは"街住み"ではなくすと言ったな」
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