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ケラエノは椅子の上で、床まで届かない足を組み、肘掛けにもたれながら宣言した。
「"城住み"とする。我が館に住まわせ、いずれは物語の作り手となるよう、使用する」
詠が館を構えて住まう区画、つまり今いる場所が城と呼ばれる。"街住み"であっても自由に出入りすることは許されないそこに詠と共に住まい、すぐ傍で仕える者たちを"城住み"という。大出世である。
将校も驚いた顔をしていたが、コチョウは真っ青になって目を見開き、唇を震わせていた。いつの間にか、繋いでいた手は離れていた。
「こちらの考えは以上であるが、何かあるか?」
「何もありませんわ」
茶でむせたことはなかったかのように取り澄ましているディケがそう答えた。
「では、失礼する」
「ま、待って!」
ケラエノが椅子から跳び下り、トウも立ち上がったところで、コチョウが声を上げた。
「わ……私、誤解していただけなのよ」
彼女は立ち上がり、トウに向かって語り掛けていた。
「あなたが禁じられているようなことをする危ない人かと思って。一緒にいたら自分も処分されると思って。身の危険を感じたから仕方無く、あなたと離れるために言ったことだったの。全部、本心じゃないのよ」
大きな卓の周りを、トウの側へ歩いて行く。
「それが誤解だったんだから……また仲良くしましょう?」
声はまだ少し震えているが、顔には笑みを浮かべて。
「同じ村出身の幼馴染なのは変わらないし。私、あなたのことずっと頼りに思っていたから、これからも色々と相談できたら嬉しいなって……」
トウは、そんな彼女を静かに見つめていたが、将校へと視線を移して、言った。
「コチョウは……勇気のある人です。僕よりずっと頭もいい」
将校は、眉も口元もてんでバラバラの方向を向いた、微妙な表情をしていた。
「自分が詠に見出されなかったなら、連れ合いになるために。半月婚の間に、より良いと思える人と出会ったなら、その人の連れ合いになれるように。その時その機会を無駄にせず、最善と思う道があるのなら全てを使ってそこへと進むことができる人です」
もう自分の方を見ていないトウに、コチョウが呼びかけた。
「トウ……?」
「彼女に選ばれて、彼女を好きになって、一時でも一緒に暮らせたことを僕は誇りに思っています」
「トウ、そうだ、住んでいた家の物とかどうするか、ちょっと2人で話……」
「将校さん、彼女をよろしくお願いします」
トウは深々と頭を下げてから、踵を返した。
コチョウは、ぺたりと床に座り込んだ。
使用人が開く扉から、ケラエノが、続いてトウが廊下へと出る。その後ろで扉が閉まった。
詠の館の長い廊下、主の少し後ろを歩く。
「なんで泣いてるんじゃい」
振り向かず歩きながら、ケラエノが呟いた。
トウは衣の袖を噛んで、涙を流していた。
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