7 いつか出会える物語

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7 いつか出会える物語

「村へ帰してほしい……だと?」  ケラエノの館で休息を許された後、改めて呼び出されたトウは主に頭を下げた。 「僕のような人間は"城住み"のような地位をいただいても……また周りの人に利用されたり弄ばれるだけなんです」 「だが……」 「実際にそうだったんです」  幼い頃にトウが聴かせた物語をコチョウが覚えていたことは事実だった。彼女の作り話ではない。そして、彼女が将校と出会うまでは、笑い合いながら楽しく暮らしているつもりだった。  嬉しかった。楽しかった。けれども、それでも駄目だったのだ。これからは、同じくらい嬉しいことや楽しいことがあっても、次の瞬間には覆るかもしれないと思って生きていかなくてはならないと、トウは考えていた。  もう、自分が新たに出会う人々と信頼し合ってやっていけるとは思えなかった。  特に女性は、もう信頼したり好きになったりすることはないだろう、なりたくないと思っていた。 「"村住み"でも、子供たちに物語を語ることはできます。あそこでオオババの後を受け継ぐ者だって、必要なはずです」 「むー……」  ケラエノは外見通りの子供の様に唇を突き出して、しかし彼の考えについては何も言わなかった。 「村へ返すにしても、すぐにというわけにはいかぬ。当面は図書館にも人手は必要なのだからな」  彼はケラエノの館の使用人として部屋を与えられた。館の使用人といっても、全員が家事をしているわけではないようで、おそらくは既に物語を創る役割を与えられている者もいるはずであった。  彼もケラエノと共に馬車に揺られて図書館へ通い、そこでは今まで通りに務めを果たす日々を送ることになった。  そんなある日の夕方、仕事帰りの人々で図書館が(にぎ)わう時間。  返されたエフェメラが並ぶ中、1体の髪に綺麗な布が結ばれているのがトウの目に留まった。  図書館で貸し出すエフェメラは、髪や肌、そして服は整えるが、装飾品の類は着けていない。 「動かないでいて」  トウはそのエフェメラに語り掛けると、太い指でそっとその布を外した。それによって少し乱れた髪をさっと整え、それから出口へと走る。  エフェメラの髪に綺麗な布を結んで飾っていた人のことは覚えていた。ほとんどの利用者は、ガ・チャのために手を引いて連れ出した後は、エフェメラからは手を離す。それでも後をついて行くからだ。しかし、その利用者はいつも手を握ってエフェメラを連れ歩いていたので、印象に残っていた。  日が傾きかけた街の中、やはりその人はエフェメラと手を繋いで歩いているのが見えた。  既にだいぶ離れてしまっていたが、走る。 「すみません!」
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