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名前も分からないので、行く手に回り込めるまで走って、布を差し出しながら声をかけた。
「これ……エフェメラに着けたままだったんじゃないかと……思って」
ソバカスが多く、女性としてはかなり髪を短くしているその娘は、目を瞬かせた。
「あ……す、すみません……私のです。あの子に似合っていたのでずっと着けていて、そのまま返してしまったんですね」
ありがとうございます、と頭を下げながら、彼女はその布を受け取った。
「私、衣を作っている詠に使われているんです。そこで使われている布の切れ端をいただいたので、髪に巻いてみたら似合うんじゃないかと思って」
その細長い布は、詠やエフェメラが身に着けているものを思わせる、キラキラとしたものだった。
「最近、この子たちの髪や衣も以前より整っていて、嬉しくなって……私も綺麗にしてあげたいなって思ったんです」
傍らに無表情で立つ、新たに貸し出されたエフェメラの髪をそっと撫でて、彼女はそう言った。
「宿舎の部屋にいてくれるだけで、とっても癒されるんですよね。物語を聴いている時に眺めているのも幸せで……あ、すみません……変ですよね?」
その娘は手を振って、目を伏せた。トウは幾度か目を瞬かせてから、しかしはっきりと伝えた。
「いや、そんなことないです。大切にしてもらえて、楽しんでもらえて、僕たちも嬉しいです。ありがとうございます」
手を繋いで家路を辿る1人と1体を、トウは見送った。
「あの娘が飾りを取り忘れたのは、たまたま今日だったのだ。もしかしたら1年後だったかもしれん」
いつの間にか、すぐ後ろにケラエノが立っていた。
「もし、それより前にお前が村へ帰っていたら、お前は今の言葉を受け取ることはなかったのだぞ」
「はい……」
トウは主へと向き直った。
「村へ返していただくのは、いつか僕がオオババに負けないくらいたくさんのことと出会った後でも、良いでしょうか」
「出会うだけではダメじゃ」
「はい……僕は、物語を創ります。嬉しいことや楽しいことも、そしてきっとある残念なことや悲しいことも、そこに描きます」
「ああ……あの子も言っていたな。嫌なことも辛いこともたくさんあったが、物語にすれば、いつか誰かが聴いてくれると」
それが物語だ、とケラエノは笑った。
「お前たちの感じるその気持ちは、いつかどこかで、誰かに必要とされるためのものなのだ」
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