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* * *
「……いち! 裕一!!」
大音量で起こされた裕一は、開けっ放しの戸口から差し込む陽光と冷気に、ひとつ身震いしてから、手の甲で瞼を擦った。大声で起こされるのはいつもの事なので、特に気にならなかったが、ややあって、今日が二人揃っての休暇なのをかろうじて思い出した。サイドテーブルの時計をチラリと見ると、そのデジタル表示は、まだ『06:16』。これでは、仕事のある日より早い。
「なんだよ、義弥……今日休み……寒みぃ……」
苦情を入れたが、義弥が、扉を閉める事もおはようのキスをしてくれる気配もなかった。ただ黙って、突っ立っている。いや、義弥は黙っていたが、別の"声"が、非日常の始まりを宣言していた。
「……ん?」
逞しい上半身が冷気にさらされている事もあり、寝起きの悪い裕一もようやく身を起こす。すると、逆光の中に、ベビーブルーのバスタオル玉を片手に、一枚の紙切れを裕一の方へ向けて突き出している義弥が目に入った。まだ覚めやらぬ頭で、その紙切れを受け取る。そこには、パソコンで打たれた短い文章が、ただ事実だけを告げていた。
「んー。……ん!?」
「どうするつもり、裕一!」
「いや、何かの間違いだろ、俺がそんなヘマ……」
「という事は、身に覚えがあるんだな……」
「あっいや……そういう意味じゃ……!」
一枚の紙切れと、ひとくるみのバスタオル玉が、甘くなる筈の二人の休暇を一変させた。紙切れには、こう書かれてあった。
『あなたの子よ、裕一。名前は剛』
眩しさに見えていなかった義弥の表情が、目が慣れて見えてくる。その顔は、泣いても拗ねてもいなかった。キッと切れ上がったまなじりを上げ、裕一に答えを迫っている。
「どうするつもり」
「どうって……み、見せろ」
義弥が抱えていた包みを、少し傾ける。ベビーブルーのバスタオルの中には、同じくベビーブルーのジャンプスーツを着た赤ん坊が、母を求めて泣いていた。茶色がかった髪に天然パーマ、スッと通った鼻筋が、幾らか裕一に似ていない事もない。だがまだ数ヶ月と思われる赤ん坊を見て、裕一は俄然声に力を込めた。
「……義弥。俺は、お前と付き合ってから、浮気をした事がねぇ」
「嘘」
「嘘じゃねぇ。俺たちの関係がバレないように、たまに合コン行ってこいって言ってるのは、お前だろ」
「そうだけど……」
「いつも一次会で帰って、アパートに寄るか、電話してるだろ」
「そう……だけど……」
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