BABY BLUE

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BABY BLUE

 義弥(よしや)が翌日に仕事の時は、裕一(ゆういち)は幾らか努めて加減する。だが今日は、何ヶ月ぶりか、二人揃って朝寝坊の出来る日だった。まだ少し花冷えのする朝、裕一は宝物を抱くように両腕の中にしっかり、文字通り可愛い後輩の義弥を閉じ込めている。いつも同じ時間に鳴る筈の目覚まし時計は、止められていた。何度も裕一に穿たれ、心地よい疲労に任せて、今日は義弥も寝坊する筈だった。  しかし。いつも耳にしている、裕一の軽いイビキの他に、耳に入ってくる音がある。それは、義弥の夢うつつの壁をノックし続けていた。 「ん……」  薄く目を開けると、鼻先が触れ合う距離に、裕一のそれがあった。常通りの光景に、安堵して再び目を閉じようとしたが、一際大きく上がったその"声"が、義弥をうつつに引き摺り出した。最初は昨夜の名残にぼんやりと目を泳がせていたが、やがて焦点を結ぶと、その"声"にハッと起き上がった。ゴロリと、義弥に腕を回していた裕一が反転し、微かに呻いたが、まだ夢の中、小さく義弥の名を呼んだ。  始めは、盛りのついた猫のようにも聞こえた。だがこのアパートはペット禁止だ。そして、かつてよく耳にした"声"であると気付き、義弥はベッドを抜け出すと、戸口へ急いだ。他の部屋ではない。それは、確かに戸口の向こうから聞こえているのだった。戸惑いに、裕一を起こそうかどうしようか、しばらく顔を往復させて逡巡した後、義弥は意を決して玄関の扉を開けた。
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