宇都宮君に懐かれてます。一話目

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今度こそちゃんと朝日で目が覚めた。 今日は高校の入学式だ。最寄りの駅まで徒歩10分の距離を、宇都宮君と一緒にてくてくと歩いた。 「あ〜ザワつく。あ〜吐きそう。」 歩いている間中ずっと、宇都宮君は後ろ向きなことを言っていた。 小中学校の時と違って高校では知らない人だらけだ。 なんとか上手く馴染めたらいいのだけれど…… 「誰かに話しかけられたらニッコリ笑うんだよ?無視とか怒ったりとかしちゃダメだからね。あと……」 私は緊張する宇都宮君をなだめながら、いくつか注意点をアドバイスしてあげた。 「あーっもう梨花!ハグしてくれっ!」 「街中ではしません。」 宇都宮君はチッと舌打ちをして、私が教えたアドバイスをブツブツと復唱しだした。 なんだかんだ言いつつも、宇都宮君は私が言ったことには忠実に従ってくれる。 特に私がダメだと言ったことは絶対にしない。 「宇都宮君っ危ない!!」 交差点で赤信号に気付かず渡ろうとした宇都宮君を止めた。 宇都宮君は一つのことに集中すると周りが全く見えなくなる。 「危ないから手を繋いどこうか?」 「そんな子供みたいな恥ずかしいことするか!」 手を繋ぐのはダメでハグはいいんだ…… この思考回路は理解し難い。 まあ宇都宮君を全部理解しろってのが土台無理な話なんだけど。 人混みも苦手な宇都宮君のために早めの時間に家を出て、最寄り駅発の電車へと乗り込んだ。 この電車は普通なのであまり混むこともない。 二人並んでシートに座った。 「どうしても落ち着かないなら頭の中で円周率とか素数を億まで数えてみたら?」 「そんなんじゃ収まらねえ!式の途中だろうが梨花に抱きつきにいく!」 「絶対ダメだから!」 私と宇都宮君は小学一年生から中学三年生までの9年間、ずっと同じクラスだった。 それは私がいると宇都宮君が落ち着くし、私も別に苦ではなかったからだ。 常に一緒のクラス、一緒の班、隣の席だった。 でも高校ではそうはいかない。 なぜなら私は普通科、宇都宮君は音楽科を専攻したからだ。 得意なこと、不得意なことの差が激しい宇都宮君。 今でこそ訓練をしてマシにはなったが、聴覚過敏の症状を持っている宇都宮君は小学生の頃は高音がすごく苦手だった。 それは凡人には理解し難いが、大きな高音を聞くとまるで歯科用のドリルが神経に当たるくらいの激痛を感じたり、耳のそばで轟音が鳴り響くように感じるらしいのだ。 なので宇都宮君はイヤーマフという高音を遮断する防音具を付けて学校に通っていた。 でもそれは音楽を聞くヘッドホンと見た目に大差がなく、事情を知らない子達からはイキっている生意気なやつだと見られてしまった。 特に二つ上の男子4人組に目を付けられ、しつこいくらいに意地悪をされた。 そしてそれは、三年生になったある日に起きた。 「ちょっとそれ宇都宮君に返してあげて!」 「なんだよコレ。なんも音楽流れてねえじゃん。」 「だからそれはそんなんじゃないんだって!」 昼休みに中庭で遊んでいる時にその4人組とばったり出会ってしまった。 一人が宇都宮君のイヤーマフを取り、一人が金属製のバケツを持って木の棒でガンガンと叩き始めた。 宇都宮君がなにもやり返さないもんだから、嫌がらせはエスカレートするばかりだった。 「止めて!止めてあげて!」 「梨花ちゃん、私、先生呼んでくる!」 宇都宮君は耳を両手で塞ぎながらしゃがみ込んだ。 4人組は面白がってさらに大きな音を立ててはやし立てた。 全身から汗が吹き出し、苦しそうに喘ぐ宇都宮君はとても辛そうだった。 こいつら…… 「いい加減にして!」 私はバケツを持っていた子を止めようと向かっていったのだが、反対に突き飛ばされてしまった。 「俺に触んなよ!エロ女が!!」 エロ女って…… 私は宇都宮君が不安になったり暴れそうになったら、落ち着かせるためにいつでも心臓の音を聞かせてあげていた。 あれはそんなヤラシイことじゃないっ。そう説明したかったのだけど…言われた言葉があまりにひどくて涙が出てきた。 「エロ女が泣いたーっ!」 「あっちいけよっエロ菌が伝染るーっ!」 泣いている私を笑っていた4人組が悲鳴を上げた。 宇都宮君がリーダー格の子の太ももに思いっきり噛み付いたからだ。 いつも偉そうにしていたその男の子は、あまりの痛さに地面に転がって逃れようとしたのだが、宇都宮君は離さなかった。 血が吹き出し、泣きわめく男の子の姿に周りの3人も恐怖で顔を引きつらせた。 「……宇都宮君?」 今まで宇都宮君は暴れるといっても物を投げるくらいだった。もちろん人に当てるようなこともしない。 宇都宮君はとても優しい性格だからだ。 それがこんなことをするだなんて…… 呼ばれてきた先生が宇都宮君を引き剥がそうとするが頑として離さない。 何人もの先生が集まってきたがそれでも止めさせることが出来なかった。 でも私が一言いうと、宇都宮君はすんなりと口を開けて男の子から離れた。 宇都宮君の口の周りは血だらけだったし、太ももの肉は大きくちぎれかけていてトラウマになりそうな光景だったんだけど、宇都宮君は私を見てはっきりと言ったんだ。 「梨花を泣かすやつは許さない。」 宇都宮君が……… ……笑った─────── どうしてそこで笑うのかは理解出来なかったけど、宇都宮君が笑ったのを見たのはそれが初めてだった。 その日から宇都宮君は強くなった。 自分になにかを言ってくるやつがいたらすぐさまやり返すようになった。 そりゃもうやりすぎだよってくらい…… 宇都宮君がなにか問題を起こす度に私が呼ばれた。 「梨花ちゃん!宇都宮君がまた上級生とケンカしてる!」 慌てて駆けつけるとボコボコにのされて倒れている上級生の上で宇都宮君が吠えていた。 「うう〜っ…バウバウ!」 ……犬? 唸る宇都宮君をヨシヨシと抱きしめて気持ちを落ち着かせてあげた。 「梨花ちゃん!宇都宮君がケンカしたあと木に登って降りれなくなってる!」 慌てて駆けつけると木の上で興奮する宇都宮君がいた。 「ニャ〜ご〜。シャーっ!」 ネコか。ネコだな。 大丈夫だから降りといでーっと声をかけた。 「梨花ちゃん!」 「ガルルるる〜っ。」 トラ?ライオン? 猛獣系なのは確かだな、うん。 とりあえず抱きしめて心臓の音を聞かせてあげた。 「……梨花ごめんな……」 我に返った宇都宮君はいつも私に謝る。 いつの間にか私より大きくなった体を縮こまらせて、すっごく申し訳なさそうにしょげていた。 自分でも気持ちのコントロールが出来ないのだ。 「いいよ。私は平気だから。」 私にはちゃんとわかっていた。 なぜ大人しかった宇都宮君が問題児とまで言われるようになってしまったのか。 きっと…あの時、自分をからかってくる子らは梨花を泣かす悪いやつらだと刷り込まれてしまったのだ。 「梨花、なに笑ってんの?」 「べっつに〜。ほら、教室戻るよ。宇都宮君。」 「俺、梨花の笑顔見るの大好きだ。楽しくなる。」 「もうっなに言ってるの?早く戻ろっ。」 宇都宮君は私にとって、とても手のかかる優しい男の子だ。
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