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宇都宮君に懐かれてます。二話目
「梨花──っ!」
また来た……
高校が始まってから早1ヶ月。
宇都宮君は目立った問題行動を起こすことはなかったけれど、休み時間になる度に私のいる教室へと尋ねてくるのが習慣になっていた。
音楽科とは校舎だって違うのに……
「宇都宮く〜ん。お菓子いる?」
私のクラスの子達は宇都宮君に好意的だ。
私と宇都宮君が付き合っているわけではないということは、どうにか理解してくれた。
人付き合いが超苦手だった宇都宮君も、最初に私が間に入ってあげれば普通に仲良く出来るようになっていた。
「うん、食う。あ〜ん。」
「ちょっと宇都宮君。そういう時は口で受け取るんじゃなくてちゃんと手で……」
宇都宮君は私が言い終わる前に女の子の指ごとチョコレートにパクついた。
指を舐められた子は頬を赤らめて嬉しそうにしている。
そう…宇都宮君は、高校に入ってからなにやらモテているのだ。
中学時代には考えられなかったことだ。
高校のみんなは野生動物のように暴れまくっていた宇都宮君を知らないから……
まあ宇都宮君はもともと整った顔立ちをしているし背は高いしオシャレだし、普通にしてたらなかなかのイケメン君だ。
モテるのはわからなくはないのだけれど……
「宇都宮君。音楽科の子らとも仲良くしなきゃダメなんだよ?」
「え~っ!だってアイツらツンケンしてて感じ悪い。女子ばっかだし。」
音楽科は女子率が高く、男子は毎年40人中数人しかいない。
特に今年は少なくて、男子は宇都宮君を入れてたったの2人だけだ。
この学校の音楽科はこの地域では一番レベルが高く、小さい頃から熱心に練習してきた生徒ばかりでプロ意識も高い。
本来なら毎日、何時間も練習するのが当たり前で、宇都宮君みたいにのんきに遊んでいる場合ではないのだ。
「宇都宮く〜ん。一緒にトランプする?」
「おう。やるやる〜っ。」
一度慣れてしまえば宇都宮君はとても人懐っこかった。
なんか……モヤモヤする。
みんなにニコニコしている宇都宮君を横目に見ながら教室を出た。
ダメだな私…彼女でもなんでもないのに、なにヤキモチなんか焼いてんだろ。
私がみんなには笑顔で対応しろと言ったのを宇都宮君はちゃんと守っているのに。
デレデレしやがってと腹が立つだなんて矛盾してる。
宇都宮君が私以外の子とも仲良くなるのはすごい進歩なのに……
「おいっ、梨花。」
耳のすぐ後ろから声をかけられてビクっとなった。
「な、なに?宇都宮君。」
「なに?じゃねえだろ。勝手に俺から離れんなっ。」
私を放ったらかしにして他の子と遊んでたくせに?
ムッとする私の手を宇都宮君は強く握り、引っ張るように歩き出した。
「痛いよ宇都宮君っ離して!」
「梨花最近冷てぇ!」
連れて来られたところは人気のない校舎裏だった。
宇都宮君は私を壁際へと追いやり、逃げられないように両手で囲った。
「梨花…ここならいい?」
ち、近いっ……
少しでも動いたら触れてしまいそうな距離に唇があった。
普段とは違う宇都宮君の真剣な表情……
ちょっと待って…これは今からなにをする気なの?
まさかまさかまさかっ……
心臓の鼓動がうるさいくらいに早くなる。
「俺もう我慢出来ない。いいよな?」
「いいよなって…ちょっ宇都宮く……」
宇都宮君は私の返事を待たずにギューっと耳を押し当ててきた。
…………って。
いつものかい!!
「なんか今日の梨花の音、早くない?」
誰のせいだ誰のっ!
紛らわしい真似しやがって……
「宇都宮君。こういうことは学校では……」
「俺いっぱい我慢したもん。たまにするぐらいいいだろ?」
確かに……
この1ヶ月間、学校でも家でも触れても来なかった。
今までは一週間も耐えられなかったのに。
「梨花がダメって言うんだったらもうしないけど……」
宇都宮君はすねたような顔をしながらしょぼんとした。
見た目はもう立派な体格なのに…まるでイタズラを見つかって怒られている子供みたいだ。
「ダメなのは学校だけね。誰が見てるかわからないから。家でならいいよ。」
「うんっわかった。俺、今日は放課後に声楽の補習があるから、梨花は先に帰れよ。」
笑顔で手を振り自分の教室へと帰る宇都宮君を見送った。
だんだんと私を必要としなくなってきていることに寂しさを感じる。
中学の頃は、高校は宇都宮君とは別々のところに行きたいと思っていたのに……
それは嫌いになったからというわけではない。
もちろん、いつまでも宇都宮君が私に頼っていてはいけないということもあったのだけど……
「…どうしたいんだろう私は……」
子供の頃のままに接してくる純真な宇都宮君に、今の私がついていけなくなっていたからだ。
「君達って付き合ってるの?」
─────えっ…誰かいるっ?
驚いて振り向くと爽やかな笑顔の美少年が立っていた。
この学校の生徒で彼を知らない人はいない…いや、音楽に詳しい人ならみんなが知ってる有名人だ。
全日本ジュニアクラシック音楽コンクールを始め、数々の賞を受賞している、瀬良 響真。
音楽科で2人だけいる男子のもうひとりの方だった。
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