宇都宮君に懐かれてます。二話目

3/4

177人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
今日は合唱コンクールの日だ。 午後からなので、私はひとりで昼休みに音楽室を借りて最後の練習をしていた。 右手の動きが難しい…本番でも上手く弾けるといいんだけど…… 時計を見ると開演五分前になっていた。 練習に夢中になり過ぎて予鈴を聴き逃してしまったらしい。 慌てて階段を降りようとしたら、踊り場で例の4人組と出会ってしまった。 この校舎のこの階段がこいつらのたまり場であることをうっかり忘れてしまっていた。 「あら〜?今日は彼氏と一緒じゃねえの?」 横をすり抜けようとしたのだが捕まってしまった。 引き換えそうにも挟まれてしまい、身動きが取れなくなってしまった。 「あの…急いでるんでどいて下さい。」 「ねえ俺らにもアレやってよ。胸の谷間で顔をギューって挟むやつ。」 ヤラシイ言い方をしてゲラゲラと笑っている。 私のクラスは一番目だから急がなきゃいけないのに。 4人組の隙を見て間をくぐり抜けようとしたのだが、足を引っ掛けられて転んでしまった。 「あらあら派手に転んでらぁ。保健室までおんぶしてってやろうかあ?」 「痛いとこあったらたっぷり揉んでやるぜぇ?」 こいつら…… 階下から梨花〜と呼びながら近付いてくる宇都宮君の声が聞こえた。 4人組はヤバいっと言って逃げるように去っていった。 「梨花。もう始まるぞ。」 「うん…ごめんね。迎えに来てくれてありがとう。」 転んだ時に右手首をくじいてしまった。 でも今のことを宇都宮君が知ったら烈火のごとく怒って私でも手がつけられなくなりそうだ。 黙っとかないと…… 「一年一組の合唱曲は『糸』。指揮者、田中 太郎君。伴奏者、北川 梨花さん。」 司会者から紹介され、お辞儀をしてピアノの前の椅子に座った。 指揮者も台へと上がり、クラスのみんなもひな壇へと並んで準備は整った。 どうしよう……右手首がどんどん腫れてきて感覚がない。 こんな状態であの難しい伴奏なんて弾けるわけがない。 母はピアノが良く見える一番前の席を陣取ってビデオを回していた。 指揮者が私とアイコンタクトを取ろうとして視線を送ってくるのだが、目を合わせることが出来ない。 右手首を抑えてうつむいたままの私に会場内がざわつき出した。 どうしよう…どうしよう…… 「梨花、左に寄れ。右手は俺が弾く。」 ──────宇都宮君? 「タイミング合わせるぞ。指揮者見ろ。」 「えっ…ちょ……弾くって?」 私やみんなの戸惑いを無視して宇都宮君が指揮者に目で託すと、タクトを振り始めた。 宇都宮君が完璧なタイミングで右手のイントロを奏で出す。 なんで弾けるのっ? 「梨花っ。」 そうだ…私も弾かないとっ。 宇都宮君に合わせて左手で鍵盤を叩いた。 その後も宇都宮君は楽譜通り完璧に伴奏を弾き続けた。 ピアノなんて習ったこともないし楽譜だって読めない。触ったことさえないはずなのになんでこんなに上手に弾けるの? 宇都宮君は得意なこと、不得意なことの差が激しい。 勉強は全般的に苦手なのだが、数字に関してだけはすごい能力をもっている。 素数を億の位まで言えるし、過去や未来の日にちを言うとすぐにその日が何曜日か言い当てれる。 独自の計算方法があって、パッと浮かぶのだという。 時計がなくても今が何時何分か感覚でわかる。 今後の予定をたてるのは苦手だけど、過去にあった出来事なら何時何分に何が起きたかを正確に覚えている。 もしかして音楽についてもなんらかの特殊能力があるのだろうか? 私はそんなことを考えながら演奏していたので、すぐ隣にいる宇都宮君の変化に気付いてあげれなかった。 宇都宮君の聴覚過敏の症状はもうすっかり克服出来たのだと思っていたのに…… 曲が歌い終わって拍手が鳴り響く中、宇都宮君は椅子から滑り落ちるように床に倒れた。 「宇都宮君っ?!」 宇都宮君は全身汗だらけで意識を失っていた。 ピアノの高音を弾く度に体中に何千本もの針が突き刺さるような激痛を感じていたらしい。 他人が弾くピアノに対しては何も感じなかったから、本人もまさかこんな症状が出るとは思わなかったようだ。 宇都宮君は保健室へと連れて行かれ、目を覚ましたのは二時間後だった。 「宇都宮君大丈夫?!」 「梨花っ!ケガしてるんだったら言えよ!」 起きて早々怒られた。 思ったより元気そうでホッとした。 「なんで宇都宮君ピアノ弾けたの?」 「1回聞きゃあ出来るだろあんなもんっ。」 「1回っ?今1回聞いたら弾けるって言った?!」 「はあ?梨花…なに興奮してんの?」 宇都宮君のこの能力を知って一番興奮したのは私の母だった。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

177人が本棚に入れています
本棚に追加