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今朝はけっこうな本降りで、私はこの傘を差して駅に向かっていたのだけれど、ほんの少しの風に煽られただけで傘は反り返り、骨が一本折れてしまった。
弱々しい安価なものではあったが、私にとっては、かなり大切な傘だった。
なにしろ想いを寄せていた岩井課長が、一緒に得意先回りをしていた時、私に買ってくれた傘なのだ。その日、社に戻る途中急に雨に降られ、私と課長はたまたま目の前にあったホームセンターに飛び込んだ。
「ふたつ買って行こう」
「え、課長、自分で買います」
「いいよ、このまえ旅行のお土産のお菓子、貰ったろ。そのお返し」
「え、そんな、……じゃあ、お言葉に甘えて、このビニール傘で」
「こっちの方が丈夫そうだし、君に似合うよ」
350円のビニール傘の隣でちょっとだけ誇らしげにぶら下がっていた780円の傘を、課長は買ってくれたのだ。
いずれにしても安っぽさは否めなかったが、私は課長の愛情を貰ったような気になって、その日はずっと頭の中がフワフワしていたのを覚えている。
その大切な傘を風ごときに折られ、今日の午前中の私はかなりナーバスだった。傘の骨を修理する技量は自分には無い。
けれど昼下がり、同僚の井戸端会議で課長の正体を聞き、ひとしきり嘆いたあとは、「あの壊れた傘をどこに捨てるか」、ばかり考えた。
意外に傘は捨てにくい物だと、改めて気づく。
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