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鬼に会いに行く。
鬼に会いに行く。
5年生になったばかりの春、ぼくはそう決意した。
おとんに話したら、「そうか、そらカッコええのう」っていわれた。おとんはぼくの顔を見てなかった。
おかんに話したら、「アホ。勉強せえ。」っていわれた。おかんはぼくの顔をしっかりと見ていた。
友だち3人にも話した。
みゆには「じんくん、もう5年生やで私たち。」と言われた。
たかしには「どこにいるの?」と笑いながら聞かれた。山のどうくつって答えた。
かけるは「俺もいく!」とすぐに答えた。ぼくは断った。かけるはうるさいしバカだからいらない。1人で行く。
せんせいは怖いから内緒にした。
鬼に会いに行くりゆうはただ一つ。傘が欲しい。鬼の使う大きな大きな傘だ。ぼくは「あるもの」を雨風から守りたいのだ。
その「あるもの」とは、ぼくの通う小学校の校庭に綺麗に並べられて植えられている桜の木の一つだ。1番右端から3番目の子だ。名前はさくらんちゃん。ぼくがつけた。
3年生の春、僕はその子に恋をした。サッカーをしている時だった。ふと、その子と目が合った。ひとめぼれだった。みんなには言ってない。好きな人は隠したいもんさ。
その子はモモよりもきれいなピンク色の花びらをきれいに咲かせていて、青空の下で、ゆらゆらと笑っていた。
本当に好きだ。けど、すぐにはなびらはなくなり、夏にはみどりの葉っぱを自慢する。ぼくはこの時のさくらんちゃんが嫌いだった。
本当はピンクのはなびらがいいくせに、強がるんだ。そのせいで、秋を超えて冬には葉っぱが全部なくなり、泣きながら眠ってしまう。何回起こしても、春が来るまでは起きなかった。
だからぼくが守ってあげたい。ピンクの花を咲かせた時を狙ってくるいじわるい雨風から、さくらんちゃんを守りたい。そう思った。
4年生の春、またきれいなさくらんちゃんに会えた。さくらんちゃんはまた微笑んでくれた。やっぱりさいこうに可愛かった。
ぼくは雨の日は必ず、傘を3本持って行って、さくらんちゃんにかけてあげた。けど、せんせいと友だちとじゅぎょうがぼくのじゃまをするし、正直、3本じゃぜんぜん足りなかった。
ぼくは、雨風にいじめられて泣いているさくらんちゃんを、教室の窓から見ることしかできなかった。下校のときもさくらんちゃんのところに傘を持っていったけど、せんせいにおこられた。ぼくは帰りながら大泣きした。
4月の後半にはさくらんちゃんのピンクのはなびらはほとんど散り、地面にぐちゃぐちゃになり、水たまりにぷかぷかと浮いていた。1枚1枚拾いながらぼくはまた泣いた。
さくらんちゃんはぼくを無視して、みどりの葉っぱを自慢し始めていた。ひどすぎだ。
そして、今、またさくらんちゃんが目を覚ました。ぼくもけっこう大人になった。
「ぜったいに守るからな。」
ぼくはさくらんちゃんにそう言った。さくらんちゃんはうふふと笑って、はなびらをもっとピンクに染めた。
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