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こんな出会いは望んじゃいねぇ
どうしたら楽に死ねるかとそればかり考えていたから、顔に死相がでていたのかもしれない。
「ちょっと、そこのあんた」
いきなり見知らぬ婆さんに呼びとめられた。七月第一週の日曜日。梅雨のあけきらぬ、蒸し暑い昼下がりのことだった。
日差しから逃れるように入った商店街の裏路地に、どどんと陣取っている机が一つ。その向こうには、いかにも怪しげな黒ずくめの婆さんが座っていた。机の前面にはでかでかと、『占い』の文字が躍っている。
通りすがりに占い師のババアに声かけられるなんて、散歩中の犬におしっこひっかけられるより確率低くないか? そんなレアな不運、こっちから願い下げだよ。
私はスルーを決め込んでそのまま歩を進めた。右手にぶらさげたドラッグストアの袋が、がさがさと無遠慮な音をたてる。
「止まれっつってんだよ、この面倒くさい系自意識拗らせ女!」
ババアの悪態なんざ、無視して通りすぎればいい。けれど私は、投げつけられたその言葉をどうしても看過できなかった。
「拗らせてねーわ思春期なんだからちょっとくらい面倒臭くて当然なんだわほっとけ!」
私は全速力でババアの前に駆けていき、その見事な白髪頭にチョップをかます真似をした。若干力がこもっていたけれど、一応真似だけ。ほら、通りすがりにチョップかましたら、犯罪になっちゃうからね。
「赤の他人によくもそこまで失礼こけるな。知り合いに聞かれてたらどうすんだ訴えるぞ」
私が口をへの字に曲げながら悪態をつくと、ババアはそれ以上に急角度のへの字を披露しながらこう吐き捨てる。
「ハッ、これから死のうって奴が一丁前に外面気にしてんのかい」
ドキッとした。
ババアは立ち上がると、干からびた鳥ガラみたいな右腕をこちらに差し出して、顎をしゃくる。
「その袋、出してみな」
私は白いビニール袋をさりげなく背中側に隠しながら、
「なんで初対面の老婆に、わざわざ隣町まで行って買ったものを晒さにゃならんのだ」
と唸った。
「そうかいそうかい。足がつかないようにわざわざ隣町まで行ったのかい。そりゃあご苦労だったねぇ。でも残念ながら、そいつは私に没収される運命にある」
そう言って、いつの間にか目の前に来ていた婆さんが、年寄りらしからぬ馬鹿力で私からビニール袋を奪い去った。
「掃除なんて滅多にしないけど、せっかくだからさ。あぁ、勿論別々に使うよ。まだあたしゃあ死にたかないからねぇ」
中身も見ずに放たれた台詞に、思わずぎょっとする。婆さんがさかさまにして振った袋からは、塩素系漂白剤と酸性の家庭用洗剤、そしてオマケみたいに布製のガムテープがぼとんと零れ落ちた。
「こんないかにもなとりあわせ、よく何か言われなかったね」
「……あそこのマツキヨ、混んでっからね」
私は呻くような声でそう言って、恨めし気にババアのことをねめつける。
全身黒づくめだったから、占い師らしく怪しげなローブでもまとってるのかと思ったら、なんとババアが着ているのはニルヴァーナの黒Tだった。そんで下は黒のダメージデニム。ロックか。無駄にロックか。
「無駄とはなんだい、無駄とは」
まるで私の心の声を読み取ったかのようなタイミングでそう言って笑う婆さんの顔は、漫画だったら擬音付きのキメゴマで描かれてたと思う。それくらい不敵で無敵で、ムカつくくらいロックだった。
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