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「そうね。うーん、咄嗟に、ってとこかしら」
「咄嗟に?」
「そ。なんか、こう、うん、咄嗟に」
彼女の声は徐々に自信なさげになっていく。
「私は、駅から家に帰る途中で、ふと公園を見たら貴女が座っていたの。どしゃ降りの中、公園で座ってるなんて何かあったんじゃないかと思って、それで声をかけたのよ」
こっちを振り返りそうになる彼女に慌てると、彼女は笑いながら戻った。
「ごめんごめん。そしたら泣き出しちゃうじゃない。考えてみたら私変質者じゃない。もー、焦っちゃって。だから、急いでなんとかしようと思って、それで私の家まで来たってわけ」
彼女の咄嗟の意味が大体わかった。
「でも、家に連れ込むって、グレード上がってませんか?」
「なんの?」
「変質者」
彼女はしばらく上を見上げた後、手を打った。
「ホントだ!!ヤバイね」
「ヤバヤバですよ」
彼女は声を出して笑った。
「でも、もし私が誘拐犯だったらどうする?」
彼女がそんな事を言うのでドキッとした。でもそんな感じは一切しないし、それ以上に何かとても懐かしい温かさを思い出していた。
「ドライヤーで髪を焼いて逃げます」
「げげー、それは勘弁してー」
今度は私も声を出して笑った。
「でも、次は大声出したり手を振りほどくなりしなよ」
「どうしてですか?」
「そりゃ、次も私とは限らないでしょ」
「次があればいいですけど」
「なんで?」
「このまま誘拐されちゃったら次がないかも」
「そりゃそっか。ふふー、じゃあ次はないね」
「髪の毛、焼きます!」
「やめてー」
二人で声を出して笑った。
「あだだ」
髪をとかしていたら、ブラシが引っかかってしまった。
全身から血の気が引いた。
「あはは、いいよいいよ。髪こんなだと、たまにあるし」
「あの、その」
私は固まってしまった。俯いて冷や汗を流し泣きそうになっている。自分が嫌だった。
頭がぐしゃぐしゃになっていると、唐突に暖かさを感じた。それが彼女に抱きしめられたからだ、と気づいたのは少したってからだった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
頭の上から優しい声がすると私は耐えきれずに泣き出した。雨の下で泣いたのと同じように。しばらく泣くと少しずつ落ち着いてきた。
「わたし、わたし」
彼女にどう思われるかわからなかったけど、顔を上げて私はただ心の底をさらった。
「消しゴムが折れちゃったんです。それで、どうしていいか分からなくなって、家を出て走って走って、疲れて、公園で座っていたんです」
「そっか」
彼女はまた私を強く抱きしめた。
「よく頑張ったね」
「はい!はい!」
私は大声で返事をしながら抱き返した。目元からは暖かい雨が頬を伝っていた。
お互いに身体を離すと、彼女の目元も少し赤くなっていた。少し申し訳ない気持ちになって、彼女に言った。
「連れ出してくれてありがとうございます」
「どういたしまして。私も、ありがと」
私が首をかしげると、彼女は慌てて言葉を繋いだ。
「誘拐されてくれて」
「はい!」
私は大きな声ではっきりと返事をした。
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