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「しょうがない。今日は婆さんの話を聞いてやるよ。ああ、勘違いして貰ったら困るよ。俺は地獄の話など信じていないんだから」
「そうかい、そうかい。解ってくれればいいんだ。でもこれは取引だからね。あんたにだけ鬼の言っていた話を聞かせてやろう」
「時間の無駄だ。手短に話してとっとと何処かへ行ってくれ」
「あらやだ、足腰の悪い老人に向かって利く言葉じゃないよ。でも百万貰えるのなら我慢してやろうか。いいかい、誰にも話したら駄目だよ。地獄には定員があるんだ。最近はね定員オーバーで困っているらしいよ。私が体験した血の池地獄も人込みで溢れかえっていたからね。満更嘘では無いだろう。定員より溢れた人間は仕方なく生き返らせてあげるらしい」
「待てよ、それじゃあ不公平じゃないか。地獄へ行く人と生き返る事が出来る人の差は何だい?」
「親孝行だよ。だからあんたは生き返らせて貰えるかもしれないね」
「親孝行?」
「そうだよ、あんた、親の為に自分の人生を犠牲にして盗みを働いているだろう。なあに誤魔化したって解るんだよ。不思議な力を手に入れているんだからね。盗みは決して良い事ではないが、あんたは盗みを働く相手もきちんと吟味している」
「参ったな。そこまでバレているのか」
俺は大事に抱えているバッグの中からお金を取り出した。
「これで、お茶菓子でも買いなよ」
すると婆さんの皺くちゃの顔はますます皺だらけになって、少し黄ばんだ入歯を見せて笑った。
「私はもう一度真っ赤な血の池地獄に行くんだろうね。なあに、怖くはないさ。女はね、血は見慣れているんだよ」
婆さんはベンチから立ち上がると埃をはたいて、曲がった腰で歩いて去っていった。俺はその日から盗みを働くのをやめて真面目に働いた。
終わり。
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