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     ◆  私立櫻川大学は地方都市にある人気の大学だ。元は女子大だったのだが、少子化の影響を受けて生徒の囲い込みのため、数年前から共学校となった。いまだ女の花園を色濃く残した構内は、男子生徒の肩身が狭く至る所で〝レディファースト〟が存在している。  共学校への改築と共に、従来より学生食堂、更衣室、トイレ、シャワールームなど、より女生徒が使いやすいスペースの広さや配置、配色にもこだわった作りとなっている。さらにトイレにはメイク直し専用スペースも加わりアメニティまで揃っており、至れり尽くせりだ。一方、男子トイレ、更衣室、シャワールームなどは、全て個室対応となっているものの、女子大時代の旧来品をリフォームしていた。新品同様きれいになって使用できるのだからなんの不満もない。だが、地味に不公平感を感じてしまうのは致し方ないことだろう。実際、男子生徒だけが集まると、この大学特有の〝レディファースト〟の議論が飛び交っている。もちろん女子のいないところでだが。 「もうさー、いっそのこと男子教室と女子教室分けてくんねーかな」  昼食を摂るために大学を出て、一番近くのファストフード店で席に着くなりそう言ったのは、小・中と同じ学校だった幼馴染の武井(はやて)だ。 「いや、それだと華がないですから、せっかく共学に来た近田の意義がなくなるわけで」  眼鏡を中指でくいと上げながら、特徴ある話し方をするのは、武井が高校で仲良くなったという近田(こんだ)正親(まさちか)である。 「そっか。二人は男子高だったんだよな」 「そうなんです。女性と言えば学食の年配のご婦人か、お肌の曲がり角を遠に過ぎた教師だけでして。なので同年代の女性が近くにいるというだけでモチベーションが上がります」 「ああー…」  分かるような分からないような、と濁す。共学校だった昴星にはいまいち共感し難い。 「とは言えよ、教授なんか何かあるたび男だから遅くなっても平気だろうとか、男だから荷物持ちっておかしくね?」 「確かに。男尊女卑ならぬ、女尊男卑が顕著な学校だと思います」  なぜだか分からないが、近田は誰に対しても敬語で話す。不思議だが本人曰く人によって話し方を変えられないそうだ。不器用である。 「でも女の子が夜に一人歩きは危ないし、力だって男の方があるしね」  中立的な立場で昴星が言うと、途端に颯は顔を顰めた。 「でた。昴星のフェミニスト」 「別にそんなつもりじゃないけど」 「いや、フェミニストを自認する不肖近田でさえも敵わないフェミニストだと思います」 「近ちゃんはフェミニストというより下心を感じる」  昴星がすかさず切り返せば、阿吽の呼吸で颯も応じる。 「チカは行動全てにおいて女子に好かれようとしてるからな」 「二人とも酷いですね。いつどんなところで出会いがあるかは分からないでしょう? その為の準備は怠らないだけです」 「ブレないなぁ」  近田の潔いまでの女子を求める姿勢に呆れを通り越して感心すら覚えてしてしまう。 「そう言えば、例のブローチどうなった?」  思い出したように颯が言うと、注文して順番待ちをしていたフード類の呼び出しがかかる。近田が気を利かせて取りに行くと、トレーには山盛りのバーガーとポテトと飲み物を乗せて戻ってきた。 「誰だよこんなに注文したの」  昴星が眉をひそめながら、自分で注文した二つのバーガーを取り出す。 「バーガーひとつじゃたりねぇし」  颯も山のバーガーから三個取り出し、コーラを啜った。 「そうですけど、さすがに三個は食べ過ぎじゃないですか?」 「おまえに言われたくねーわ」  颯の横で近田も同じく三個並べ、心外だという顔で包みを開く。 「筋トレが趣味の僕は良いんですよ。体に見合ってますし」 「俺だって見合ってるわ」 「颯くんは、僕の真似してたらあっという間にデブになりますよ」 「そうだよ。高校で部活してたときの運動量と、今のゆるゆるサークルじゃ全然違うだろ」 「今じゃサークル活動より飲み会がメインですし、デブ通り越して体壊すかもしれませんよね」 「ねえ、実は中性脂肪とか肝臓の数値やばいんじゃない?」  近田と昴星の二人掛かりで危機感を覚えさせようと捲したてる。 「お前らオカンか! そんなことよりブローチ、だろ」  颯に話をばっさり切って捨てられ、軌道修正される。 「実は…まだ切っ掛けがつかめなくて」  明後日の方を見ながら歯切れ悪くそう言うと、バーガーの包みを外して鶴を折り始めた。それを颯と近田が見て苦笑いする。  昴星は子供の頃から、不安を抱えたり緊張すると、無意識のうちに指先を動かしてしまう癖があるのだ。その癖に理解のある颯と近田は気付いていても知らん顔をする。心を許している相手限定なので、二人はしょうがないな、という顔をするだけだ。 「切っ掛けも何も、正直に事情説明すればいいんじゃねーの?」 「そうですよ。時間が空くと、話し掛けるタイミングが難しくなるだけじゃないですか」 「分かってはいるんだけど…」  思案顔でバーガーを頬張りながら、昴星は祖母のブローチに思いを馳せる。  昴星の祖母、マリアはイギリスの伯爵家の生まれだ。由緒正しい家柄のためか、礼儀やマナーに関してはとても厳しいものの、マリアの持ち物に関してはとても大らかで、アクセサリー類を見せてもらったり、身に付けて楽しむことは喜んでさせてくれた。昴星が女の子だったら宝石全てあげるのに、とはよく言われたものだ。  幸か不幸か昴星は男で、宝石に興味も頓着もしていなかった。幼い頃はマリアと一緒にきれいだね、と微笑んでいたが、年齢と共に興味の対象はうつろい、存在すらも忘れてしまった。忘れてしまったが為に雑に扱い、手を滑らせ、ブローチを床に落として台座を壊してしまった。  その頓着の無さが今回のトラブルを招いたのだが、出来ることなら過去に戻ってやり直したい。うっかり懐かしさに手に取って眺めるなんて、全力で止めるのに。 「落として壊れたのは不運だけど、台座だけで済んだんだし、もう腹括ろうぜ」  いつの間にか二個目のバーガーの包みを外しながら、颯は手についたソースをぺろっと舐め取る。 「それに、大事なもんなんだろ」  颯の言葉に近田も大きく頷きながらバーガーを頬張った。 「鉄は熱いうちに打て、ですよ」  分かってはいるんだけど、ともう一度言い訳を口に出しそうな自分を叱咤し、神妙に頷きながらバーガーを飲み込んだ。
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