十二年前

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十二年前

 暑い。  図書室の中はもわっとした空気で満ちており、それがじんわりと肌にまとわりついてくる。備え付けのエアコンが辛うじて機能はしているが、これは室内を涼しくしているというより、部屋が温室と化さないようにぎりぎりのところで食い止めているという見方が正しいかもしれない。それに加えて、もう午後四時だというのにまったく衰える様子を見せない太陽が、じりじりとカウンター正面の窓から照り付けており、夏の日の長さをつくづく思い知らされる。  菱田(ひしだ)は文庫本から視線を上げ、右横の壁にかかるアンティーク調の時計を見やった。図書室の利用者が誰もいなくなってからそろそろ三時間が経とうとしている。  菱田の手に収まる本の中では、探偵に追い詰められた真犯人がいよいよ自供をし始めた。お昼休みから上がってすぐに読み始めた時点では、探偵が助手を引き連れ回して手がかり探しに奔走していたはずだ。残りのページ数からも察せらるように、この本もあともう少しで読み終わってしまう。  菱田の今日の仕事は、この図書室の受付と事務作業となっている。小学校も中学校も高校も、強いて言えばこの町にはない大学も夏休み真っ只中の期間だが、お盆を控えた八月の平日は、大人にとってはいつも通りの出勤日だ。  都会から外れた田舎の市の、その中でまたさらに田舎にあるこの町に、菱田は二か月ほど前に引っ越してきた。のどかな町の一角に佇むこの町民センターは、体育館やいくつかの会議室、茶室などがまとまっている複合施設で、予約をすれば町民が各部屋を自由に使えるようになっている。今菱田がいる図書室はそんなセンターの三階にあり、町民やその近隣の住民たちが、図書や町にゆかりのある資料に触れる機会を提供している。建物自体は築二十年と少し古びているが、利用する町民たちのおかげでそれなりに活気づいた場所だ。  ただ、年数が経つと、建物はやはりいろいろなところにガタが来るものだ。実際、この施設のあちらこちらではそれが見てとれるのだが、予算が少ないために修復が急がれない。どの部署も、とっくに買い替え時が来ている備品や道具を、何とか騙し騙し使っているそうなのだ。
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