十二年前

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 そしてそれは、この図書室においても言えることである。何世代分も型落ちした静かに唸るエアコンと、申し訳程度にカウンターの内側に置かれた小さな扇風機。その扇風機も、菱田が来るだいぶ前にファンを左右に振る機能が壊れてしまったと、同僚の寺西(てらにし)さんは言っていた。  「来たばかりなのに任せてしまって、本当にごめんなさいね」  昨日、図書室での勤務中、寺西さんはそう声をかけてくれた。今年で三十歳になる菱田より十五歳くらい年上の寺西さんは、この町で十年ほど司書をしている、菱田にとって大先輩にあたる女性だ。ここの図書室と、市の中心にある大きな図書館とで司書を兼任しており、週に一度、この町民センターにやってくる。右も左も分からないような新人の菱田に、図書室で働くいろはを教えてくださっている。  「そんな。お悔みなんですから、気になさらないでください」  「そうはいってもね。急なのにありがとう。何か困ったことがあったら、いつでも連絡して? なるべく出るようにするから」  告別式の最中に連絡するのはさすがに気が引けてしまう、と思ったが、寺西さんの優しさに感謝して、控えめながらはいと返事をした。もちろん、よっぽどのことが無い限りは寺西さんには連絡しないつもりでいる。  町民センターの図書室には、多い時で二人、最低でも一人の職員がいる。主な仕事は、利用者の受付や資料の管理など、一般的な図書館でされることとほぼ同じだ。いつもであれば新人の菱田とあともう一人、経験のある司書が二人で業務を行うのだが、今日は人手不足のために菱田が一人で町民センターの図書室を受け持つことになった。先日亡くなってしまったという、この町に長く住まわれていた方の告別式が今日執り行われるそうで、その方と面識のある職員が多く参加するという。菱田はその方と面識がないので、留守番のようなかたちではあるものの、ここを担当することになったのだ。  菱田が一人で図書室を回すのは、今日が初めてだ。普段から利用者が少ないとはいえ、やはり一人となると緊張する。こういう時に限って何かトラブルが起こるかもしれないと、朝から心なしかどきどきしながら業務を進めた。
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