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菱田は何だか感慨深い気分に浸っていた。今でも、寺西さんと話していると落ち着く自分がいる。新人の頃の初々しい気持ちを思いだした。
「会えるのが楽しみ。じゃあ、今日は遅いから、もう切るね」
「はい。また連絡しますね」
「分かった。誘ってくれてありがとう。またね」
「はい、失礼します」
寺西さんが先に通話を切るのを確かめて、菱田は耳元からスマートフォンを離す。通話の画面を一瞬名残惜しく見つめてから、ロックをかけて肩にかけていたバッグに仕舞った。
昨日の今頃は、まさか自分がこんな行動をすることになるだろうとは、予想もしていなかった。自分が能動的にしたこととはいえ、暮らしていると何が起こるか分からないものだな、と、暗くなり始めた公園の景色をぼんやり眺めながら考える。
人の人生の方向転換。それを成し遂げるものの一つは、やはり出会いなのだ。人に限らず、本や新しい出来事にも、そういう力が十分に宿っている。いつも菱田の背中をさりげなく押してくるそれは何とも心地よく、自然に身を任せたくなるような暖かさに満ちていた。
明日もまた、何かに、そして誰かに、出会うことができるだろうか。
小さな期待が胸に膨らむ感覚がした。それに身をゆだね、ベンチからすくっと立ち上がる。日が暮れかけた街の中、夫が待つ家への道を、菱田は歩き始めた。

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