第一章 幽霊司書の友情論

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「リクエストがあれば、他の本を紹介するだけ」 「え?」  おずおずと尋ねた私に、司書の先生は至って冷静に、表情を変えずに答えを補足する。 「私はあなたじゃないし、あなたは私じゃない。細かい好みとか教えてくれたら、まあ頑張って考えてみるけどさ。他人にピッタリ合うような本を薦めるなんて、どだい無理に決まってるでしょ」  そう言って、五十鈴先生は壁際に設置された背の低い棚に腰を下ろした。 「だから司書の端くれとして私に出来ることは、君が求めるネタを提供すること。これだと思った本を薦めること。心を育てるこの時期に、ひとつでも多くの哲学に触れてもらうこと」 「哲学?」 「そう、哲学。この国は苦手な人が多いし、教育も追いついていないから」  哲学。そう言われても、やはりピンと来ない言葉だった。  正直、何を指しているのかもよく分からない。 「……哲学って、なんですか?」 「自分がどう生きるかを、考えること。自身の心を育むこと。社会でも学校でも、自分がどうしたいかを考えるより、場の空気を読むことを求められがちだから、ピンと来ないかもしれないけれど。司書として、教育に携わる者の一員として、君たちには様々な哲学に触れて、人生には様々な選択肢があることを知ってほしいんだよねえ」  声に熱を込めるわけでも、誇らし気な表情を浮かべるわけでもなく、五十鈴先生はいつもと変わらない声で淡々とそう言った。 「……だってここは、そのためにある場所なんだから」  予鈴が鳴る十分前に図書棟を出た。  教室に戻る道すがら、先ほど聞いたばかりの言葉を口に出してみる。 「私はあなたじゃないし、あなたは私じゃない、か……」  ほうっと白く息が曇っては、固く透き通った空気にふっと消えて見えなくなる。  冬晴れの空はからりと乾き、どこまでも青く澄み切っていた。  名前を知らない小さな灰色の鳥たちが、連れたって校庭へと飛んでゆく。 (……まあ、身も蓋もないけどそうだよね)  転校してからずっと、考えないように考えないようにしていた。  どうしてあの子は、私を陥れたのだろうかと。  知らないうちに、自分は彼女を傷つけていたのかもしれない。何か気に障るようなことを言っていたのかもしれない。  そう思うたび、わずかばかりの申し訳なさと、それでも彼女にされたことが許せないという怒りと、今さらそれを考えてもどうしようもないというやるせなさが、何度も何度も内側から胸を(えぐ)った。
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